とあるグル族青年の恋模様

 ダッド・ロウは生涯一番の大勝負を前にしていた。彼が居るのは狩人待合所の入り口外側だ。ダッドは何度となく繰り返したシミュレーションを再び想起する。それを終えると次は深呼吸をして決心を付ける。


(大丈夫、僕はやれる。そのためには出来るだけ凛々しく……!)


 胸に手を当て、俯いた顔をあげる。そうして雄々しく、両開きの戸を開け中に入る。大きな音に驚いた冒険者が目をやるが、それを気にせぬように努めダッドは受付へと進む。予定通り『彼女』はそこにいた。


「あの、少々よろしいですか」

『……はい』


 ダッドが話しかけたのは緑色の少女。メーディである。

 深く息を吸い込むと、彼は言い放った。


「ぼ、僕とお付き合いして下さい!」

『え?』


 騒々とする中、メーディはポカンとしていた。言葉の意味が分からないのだ。“文字通り”。


『えーと、それはお時間の掛かることですか』

「――!そうですね、出来れば末永く……」


 顎に手を当て、悩むメーディ。


『でしたら少々お待ちいただけますか?今手元にある仕事を済ませますので。その間そこのテーブルで待っていて下さい。終わり次第行きますから』

「は、はい!待っています、幾らでも!」


 青年の様子に首を捻るメーディだが、離れたのを見て切り替え、仕事に取り掛かる。

 テーブルの前に座ったダッドは確かな手応えを感じていた。


(よし……、よし!やった、やったぞ!これは“脈あり”ってやつだな。誰だ、メーディさんはもう付き合っている相手がいるなんて言った奴は!)


 テーブルの下でガッツポーズを取る。彼がメーディに恋をしたのは一週間前、一目惚れだった。奥手で彼女など出来たことがない彼にとって、今回の告白は相当の勇気を持って臨んだ。だが彼の友人は止めた、既にメーディには意中の人物がいると。しかしダッドはそれを聞き入れずに挑んだのだ。そして今、彼はチャンスを得た。……と思っている。


 それから半刻もしないと、奥からメーディが来た。受付が着るワンピース型の制服のままだが、その裾を持ちながらパタパタと小走りで向かってくるメーディに、彼の眼は釘付けとなった。


(やっぱり可愛い……)

『済みません、お待たせして』


「いえ、全く!」

『……そうですか、有難うございます』


 向かいに座ってペコリとお辞儀するメーディに見惚れるダッド。平均的なグル族の身長は二メートル強あり、150センチ中程のメーディと比べるとまさに大男である。その彼がメーディに夢中なさまは、少し犯罪的であった。そして彼は少女趣味、つまりロリコンなのだ。だから大柄なグル族の女性には惹かれずに、今日へと到る。


「あ、あの!さっきお付き合いいただけると……」

『はい。ですからこうしてお話に』


 肯定、つまり交際を容認したのだとダッドは悦びに震えた。


「で、ではこれからどこかへ……!」

『?どこかに向かなくてはいけないのですか』


「あ、そうですね。少し急ぎすぎました……、まずは、ええと……。どうすれば……」


 今まで女性と付き合ったことがない彼にはどうすればいいのか、最適解が思いつかない。相手は少女だ、自分がリードせねばと思い慌てる。その様をメーディは不思議そうに見ていた。


『なにか御用があって呼んだのではないのですか?』

「え?ですから、あのお付き合いをして欲しくて……」


『だからお話を聞きたくて……、まさかからかっているのですか?』

「そんな!僕は真剣、本気です!」


『ではご用件を……』

「な!貴方こそ、私を惑わせているのでは!」


 眉を傾け、困惑を明らかにするメーディ。彼はどうして興奮しているのだろう、こういう性格の方なのだろうかと頭を悩ます。ここで働いていると怒りっぽい人には時々会うが。そうなら助けを呼べと言われている。だがまだ様子を見るべきだろう。自分でなんとか出来るようにならなくてはと思い、拳を握るメーディ。

 メーディは自らの向上意欲に溢れている。これからの旅にはそういう意識が大事になってくるだろう。


『まずは落ち着いて、用件をゆっくりお話して下さい』

「だから、貴方とお付き合いしたくて!」


『それはどういう性質のものですか?狩人として登録ですか、それとも素材の買い付けですか?』

「……え?」


 ダッドは混乱する、彼女は何を言っているのだろう。自分が狩人?そんな風に見えるわけ……。そして彼は理解した。彼女は、メーディは『恋』を知らないのだ。それ程に幼いとは、想定していなかった。


(なら……)


 自分が彼女に恋を教える……。自分という男の魅力を知らしめる。

 そう思うと彼は胸の奥が高揚するのを覚えた。なんと甘美な響きだろうかと。


「じゃあまずは食事にでも……!」

『何故ですか?』


「それは、お互いを知り合って――」


「おい」


 彼が言い切る前に、後ろからの声に言葉が遮られた。一体誰が、恋路を邪魔するというのか。声の方向に振り返り睨みつける。そこにいたのは黒い髪を後で縛った、一人の屈強な男だった。


『どうされたのですか、ここに来るのは珍しいですね』

「仕事ぶりを見にな」


『冗談ですね』

「分かるか」


『ええ、口の端が上がっています』

「おっと」


 気安く話しかける男に苛立つダッド。


(なにをそんなに軽々しく!)


『それで本当は?』

「リー、なんとかに呼ばれたんだ。頼みがあるとかなんとか」


『リーバイルさんですね。相変わらず物覚えが悪いですね』

「興味が無いとどうにもなぁ。美人なら幾らでも覚えられるのに」


『またそんな軽薄な!だから女性とは清いお付き合い……、を』

「俺の勝手だと何度も、……どうした」


 固まったメーディはゆっくりとダッドを見る。

 しかし今ダッドは彼女に目はいっていない、彼は怒りに燃えていた。自分が知らない、コロコロと変わるメーディの表情。それが自分に向かず、知らない男に。


「離れろ……」

「うん?」


「メーディさんから離れろー!」

「なんだこいつ」


 理に殴り掛かるダッド。メーディや他の狩人たちが青ざめる。彼は基本家にいるので知らないのだ、眼の前の男が“なんなのか”を。


「えい」

「おぼぉ」


 天井に突き刺さったダッド。彼が認識することも出来ないほどに速く蹴り上げられた。騒然とするが、ピクピクとするダッドを見て息があるのを確認すると、全員がホッと胸を撫で下ろす。


「なんだったんだ?」

『よく分からないのに酷い……』


「まあいいや、お前今日はまだ仕事があるのか?」

『無いですけど、どうして?』


「多分頼みの仕事って狩りのことだろ。一緒に来るか?こないだ行きたいって言っていたろ」

『言いましたが、良いのですか?』


「付いて来られるのならどうでも」

『……ではお付き合いしま――』


 再び固まり、上に刺さっているダッドを見る。


「あれが気になるのか?」

『……いいえ、何でもありません』


「じゃあ後でな」

『……はい』


 色々理解したメーディだが、彼女にはどうすることも出来ない。ここには幾らも滞在しなければ、彼には“興味が無い”。初めて会ったのだから当然であるし、そういうのは自分には早い。


『理さんは……』

「なんだ?」


『やっぱり何でもありません』

「……そうかい」


 自分が誰かと付き合ったら、理は何を思うのか。一瞬気になった気がしたメーディだが、どう考えても無関心であろうし、自分もどうでもいいと思い直した。まだ早いのだから。

 ほんの短い間の寸劇であったが、それは彼女をほんの少しだけ、大人にした。



 因みにその後狩人たちによって救出されたダッドは、理に蹴られたトラウマで暫し引きこもり、出られるようになった頃には二人は旅立った後だった。

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