こぼれ話

首長ロッサンの一日

「ふう」


 自らの執務机に向かって座り息を吐く。革張りの椅子に深く腰掛け、おもむろに髪を撫でる。少しボリュームが減った気がする、それに皺も増えたような。心労が祟ったか、年は取ったがまだまだやれる。けれどもここ最近の多忙は流石に体に“効く”。あの首長達が好き勝手なことをしなければどれだけ気持ちが安らぐことか。そしてあれが――。

 ドアがノックされる、どうやら秘書が来たようだ。顔を軽く叩き疲れを悟られないように表情を正す。入ってきたのは当然、秘書のトーキン。今日も捻くれた性格がそのまま形作ったような、常に何かを訝しむような眼で私を見る。手には今日の執務に必要な書類が箱に入って、山のように積まれている。


「おはよう御座います、首長」

「うん。君は今日も体調が良さそうだ」


 内心を悟られているような気がして、つい世辞を言ってしまう。正直苦手な奴だ。


「はあ……。」

「まあいい、さっさと仕事を始めようか。今日は如何程かな」


 トーキンは手元にある資料を机に置く、見るだけで辟易してしまう。


「通常業務が三件、そして“特別”業務が十二件です」

「……意外と少ないな」


 特別業務というものなど前はなかった。そして少ない日でさえ、これがなければ仕事が五分の一になるという事実に目眩がする。


「彼も少しは大人しくなったという――」

「冗談も程々に、始めましょう」


「……うん」


 バッサリ。相変わらず容赦がないな。


「では特別業務から。早く処理しないと、もたもたしていると“増えますから”」

「そうだな……」


 一番上の資料を取ると、それと思しき情報が目に入る。


「まずは、西地区の家屋が“消し飛んだ”件ですね。家主はオンヤ・バッカ様ですね」

「……続けてくれ」


 目元を抑える。


「はい。どうにも『彼』と口論した結果、自宅の一角が更地になりました」

「口論の内容を教えてくれるか」


 最早起きた出来事に関して今更驚きはしない。なにせこのような事態は日常茶飯事だからだ。『あの男』が来て以来。

 特別業務。要するに“理が起こす『怪奇』”を処理するものである。

 歩く破壊兵器こと、理が街に来てからというもの、なにかと目立つ彼に因縁をつけるものが時折居る。それは多くが彼の危険性を理解せずに尾を踏み、悲惨な末路をたどる。今までに死者が出ていないのは、彼が慈悲深いからだと言う者も居るが、そんな輩なら街を消し飛ばしたりしないのではと言いたい。

 しかし今回はどういうことだ。


「バッカ殿は、頭に石でも詰まっておられるのか」

「そのような体で生きられるわけもありません。これには彼の方の『娘』が関わっています」


 冗談が分からない奴だ。

 説明はこうだ。バッカ殿には娘がおり、それを溺愛している。彼女も箱入りで、遊び歩くなども滅多に無かったと。ところがある日を境に、帰りが遅くなった。気になったバッカ殿は人を雇い、娘の後を付けさせた。

 しかし翌朝、家の外にいたのは雇い送り出したはずの男で、完全に伸びていた。娘はと言うとそれから暫くした昼頃に帰ってきた。目を覚ました男に話を聞いた所、娘は理と会っていたという。その様は恋する乙女のそれで、ベッタリと理に寄り添って歩いていた。だが理に尾行がバレてしまいったのだが、目が一度あっただけでそれ以上のことはしてこなかった。しかしその一度の目線の交錯で男は竦み上がり、心身困憊状態になり這々の体で逃げ出したのだと。

 これを聞いたバッカ殿は直接理に物申しに行った。娘の好きにしてやれと思わぬでもないが、自分にも娘がいる。もうそれも子供を設けているが、まだ若い時には同じように睨みを効かせていた時期があったな。

 だが私なら“あれ”に直談判など、文句など言う勇気はない。


「少々口が過ぎたようでして怒りを買ったとか。ですが理殿もそこまで娘には何も思っておらず『遊び』だったと」

「娘はそれでいいのか……」


「私には理解できませんが、満更でもない様子だったとか」

「まあ、強い男に惹かれるのは女の“さが”なのかな」


 頭を掻く。


「……まあ、中身を見れば“大した事はない”な」

「感覚が麻痺しているような気がしますが、そんな気もしてきますね」


「あれの起こす出来事に一々驚いていたら心臓が持たん」

「ご自愛ください。……では次」


「先の話に繋がるのですが、理殿は大層人気なようで、『理ファンクラブ』なるものが出来たとか」


 目眩がする。


「我が国の女性には、正しい伴侶の選び方を指南すべきか?」

「さあ。ですがそれに呼応、中には既婚者等もいるようでして。それらが徒党を組んで『勝負』を挑もうとしていると市民から報告が」


「今すぐ兵を出せ!」

「もう準備しております」




 キリキリと痛む胃を抑えながら、今日もロッサンは働くのだ。

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