試験結果
喧騒を突き破るように、一人の男が現れた。後ろには黄金の毛皮の面々が付いてきている。男は理。彼にとっては散歩、黄金の毛皮にとっては強行軍の旅路を経て帰ってきた。
「お前……」
リーバイルが言葉を漏らす。彼の中で全ての合点がいったのだ。
そしてそのまま正面にいるにも関わらず、忘れかけていたランド兄弟を見る。
「なる程な」
「な、何がだよ……」
急にバツが悪そうになった兄弟二人。チラチラと理の方を見ているが、当の本人はまるで気がついていない。
「人の残飯漁って得意顔か、大した根性だ」
「し、知らねえよ!こんな奴!」
ディールに指さされたことでやっと気がついた理。だが無視してメーディに近づいていく。
「よう。お出迎えか、結構なことだ」
『……違います。貴方が居ないと話が進まないからです』
「ふうん、俺がいないと困るって訳ね」
ニヤニヤしてメーディを見る理。それに対して頬を膨らますメーディ。
『なんですか!人を馬鹿にしたその眼はぁ!』
「ははは」
メーディをからかっている理に、ガランが近寄った。
「あの……」
『こちらの方は?』
「なんか知らんが付いてきた荷物持ちだ」
ガランはここを出た時よりも随分とやつれている。旅立った後に痩せるのは毎度のことではある、今回は仲間を亡くしたのだから尚の事。しかし一番の要因は、最後の荷物持ちである。
軽い気持ちで――彼らは命の恩人に報いようとしたのだが――、この男について回ったのが運の尽き。荷物を預けたがゆえに彼らを置いていくということはしなかったが、間違っても気を遣うといったことはしない男。
したらば理の気ままな旅、余人にとっては死地の水先案内人。食事という名の一大決戦、その後には腹ごなしとまた大暴れ。そして特に前触れもなく見かけた生物を襲う。その全ては本人的にはごく軽い運動なのだが、その場に居合わせた四人は生きた心地がしなかっただろう。
人を丸呑みに出来る大きさの、芋虫に似た生物。荒野で暮らすために進化した凶暴な口には多層になった牙が十字に開いた口腔に並ぶ。分厚い皮膚は痛みを和らげ、並の攻撃では怯むこともない。その中でも大型な、直径五メートル、長さは列車のように遠くまで連なる。
そんな怪物を片手で往なし、果ては吹き飛ばし。その死骸が彼らの近くに降り注いだ時には四人全員が死を覚悟した。
そしてそんな出来事が幾つも続けば、やつれもするだろう。
メーディは四人の顔から、そういった背景を察した。自分が体験した――これからもきっとする――、地獄をその何分の一でも知った、謂わば仲間である。
だから優しく微笑むと、ガランが目の端に水がじわりと。彼もまた、彼女の立場が分かったのだ。
悲しい友情を交わしていると、ジャネルが後ろからガランを叩いた。
「痛っ」
「何ぼうっとしてるんだよ、早くやること済ませて帰りたいんだよ……」
気の強いジャネルをして、この帰り道は堪えた。そんな次元ではないのだが、彼女のプライドがこの大勢の中で弱音を出させない。――帰り道では大声で泣き出す一幕もあったが。
『そうです、荷物とは?』
「ああ、約束のな。多分あれなら問題ないだろう」
メーディが四人を見ると、随分と複雑そうな顔を浮かべる。
事情を聞くと、理とは話せなかったので目的が分からなかったらしいので、メーディが今やっと彼らに説明をした。
そうすると、四人ともが眼を丸くした。
「……そんな理由で、――ああいや、そうか。あんたら外から来たのか。成る程な、けどなあ」
ガランが後の三人を見る。ナッシュは唖然として、言葉を漏らす。
「冗談だろ……、ならあんなのと戦う必要ないじゃあないか!」
『あれ、とは?』
尋ねるメーディに、ガランはルミルに促す。
するとルミルが人混みをかき分けて、リーバイルがいる受付に汚い袋を置く。
「なんだ、こりゃあ」
「あの男が倒したものだ、鑑定を頼んでもいいかい?」
怪訝な表情をしながらも、袋を開けて中を覗く。その瞬間、顔が硬直し色が変わる。
青から赤、紫に変わり、奥に向けて大声を出した。
「おい!奥の台を今すぐ開けろ!鑑定員は全員一番室に入れ!」
そして横にいた、今日の受付担当の男に怒鳴りつける。
「今すぐ研究室にいって、主任を連れてこい!」
「……えぇ!?こんな時間に、夜ですよ?もうあそこは閉まってますよ!」
「煩え!叩き起こしてでも連れてこい、ゴネたら俺が殴りに行くと言ってな!……行けぇ!」
「――はいぃ!」
逃げるように駆け出し、再びホールに喧騒が戻る。今度は入り交じるのではなく、受付の物体に群がるように声が続く。
リーバイルは理に声を掛け、奥に来るように伝えた。するとディールが文句を言い出す。
「おい……、俺の――」
「これ以上なんか言ったら殺すぞ」
リーバイルが本気で脅すと、竦み上がり声が出せなくなる。
それを見て、自分が異常に高揚していることに気がついたリーバイルは息を吐き、再びディールに話しかける。
「ああ、悪い。俺としたことが、大人げないぜ」
「お、おう」
「じゃあお前たちも付いてこい、『本物』が見られるぜ」
「……?」
仕方がなく奥に行く理にメーディ、リーバイルに頼まれ付いてきた黄金の毛皮。そして何故かいるランド兄弟。それに加え三人の鑑定員が、台の上にある一つの死体を見つめている。
狩ってきた本人と、それを見ていた四人は当然なにか分かっている。絶句しているのはそれ以外の全員だ。
見たことがない生物の死体、腕と頭だけだが、それでも得も言われぬ威圧感がある。王と言われる人種が持つ覇気。それが死体になっているのにも関わらずある。
しかしその多くが目を奪われたのは、死んだ腕がしかと握りしめている一振りの剣。
荘厳な結晶で形作られた、大剣。周囲の光を反射しているのがまるで、内側から輝いているようにも見える。しかしてその刃は見るだけで吸い込まれそうな、死の恐怖を覚える程に美しい。
そんな明らかに超常の一振りがあり、そしてそれを振るう生物がこうして死骸と化している。その事実を、飲み込むことに皆が苦労している。なので理と、その死体を見比べて黙しているのだ。
「……なんだよ、結局どうなんだよ」
理が言うのは、彼が今回旅立ったそもそもの目的である、街へ入れるようになるのか否かである。
話を振られた鑑定員のリーダーが狼狽え、リーバイルに目線で助けを求めた。
「……ふう。合格だ、それは間違いない。ただ……」
「ただ?」
「この死体、特にこの剣を、どうかこっちに渡してくれないか」
「――リーバイルの親父!?」
リーバイルが理に頭を垂れた、膝をつき地面に頭をつけたその姿勢は所謂土下座だ。
「そりゃあねえよ!こんな大業物を、あんたそれでも元伝説の狩人かよ!」
ルミルが糾弾する、死体の取扱いにしても、あくまで仲介をしているだけで伝があれば自分で売りさばいても構わない。これほどの武器であれば、普通手放す者はいない。
「別にいいぞ、要らんし」
「――は?」
信じられないと言った面持ちで顔を上げるリーバイル。だが理の顔に冗談を言った風はない。
「おいおい、コトワリさん!良いのかよ!」
ナッシュが静止するが、聞く様子もない。
「本当に良いのか……?」
「くどい」
沈黙が続いた後、リーバイルがゆっくりと立ち上がり、また深々と頭を下げた。
「感謝する、あんたの国民になる手続きは直ぐに済ませる。明日の朝には入れるようになる筈だ……」
一呼吸置いて、更に続ける。
「俺の全霊、これまでに手に入れた全てを以てあんたに応える。俺が生きている限りこの街であんたに不自由はさせねえ、金もありったけ用意させる」
「――カガール」
理が呟き、リーバイルが固まった。顔を青ざめさせ、震え出す。
「……渡すんだろ?そいつに」
カタカタと歯を鳴らしている様子に、理、メーディ以外が呆気にとられた。見たことがないリーバイルに驚いている。
「なん、で……。分かって、いた、のか……」
「いんや、そうだったらいいなと思ってただけだ。あんたが使うようにも見えないし、コレクションって風でも無かったからな」
『カガールとは、理さんが戦おうとしている人ですよね、良いんですか?』
「いいともさ。このぐらい大したハンデにもならん、寧ろあって丁度いいくらいだ」
『相変わらず、不遜というか……』
メーディの話を聞き、やや間を置いてガランが理解して声を荒げた。
「――まさか、あんた!貴様、リーバイル!その剣で、コトワリさんを“殺させようとした”のか!?」
「……うぅ」
脂汗を垂れ流し、俯くリーバイルの姿は、何よりも明らかに答えを示していた。
ガランの言葉を聞いて、他の三人も追って気がつく。
「まさか……、見損なったよ!」
「そんな事って、あり得ねえよ……!」
理に命を救われたという事もあるが、リーバイルが本人を騙した上で、その生命を奪おうとしていた。そのやり口に憤慨しているのだ。そこまで理という男を殺す、その目的が分からなかった。
「……だから良いって言ってんだろ」
「コトワリさん……?」
表情を変えずに、リーバイルを見る理。
「あんた、俺が『怖かった』んだろう?俺がこの街にとって脅威だと、門番から話も行っているだろうしな」
「……それ、は」
「事実だしな、俺はカガールってやつと殺し合いたいだけだ。その為にそっちが何をしたって構わないさ、それが『戦争』ってもんだろ?」
『戦争?』
メーディが尋ねた。
「応とも、俺はいつもそのつもりで戦っている。だからこそ勝つ意味があるんだよ、向こうの全力を、俺が潰すんだ」
一歩リーバイルに詰め寄る、その分リーバイルが後ずさった。
「だからよ……、伝えてくれよな。そいつに」
「……うぁ」
その顔を見た全員が、リーバイルの判断が正しかったことを知った。
「楽しみにしているぞってな」
口角を高々と上げて凶悪に笑う理。
『侵略者』、何もかもを踏み潰す、暴力の化身。それがここにいた。
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理が去った後、残った面々。黄金の毛皮はガラン以外、帰っていった。今はリーバイルと二人のみだ。
「……成る程あんたがビビるわけだ。あれは何だ、本当に俺達と同じ生物か?」
「知らねえさ」
精神的な負担が大きかったのか、ガランは座り込んでいる。
「あれはどうするんだ?」
腕組みしているガランが顎で指すのは、ランド兄弟だ。
理の気に押された彼らは気絶して床に転がっている。
「それこそ知らねえさ。後で外にでも放っておくさ」
因みに他の帰ってきたばかりの狩人から、ムンピオの死骸を二人の拾う姿が報告されている。
「……あの剣があれば、カガール様は、あれに勝てると思うか?」
「さあな、それも俺たちには分かりっこねえこった」
そう言うと立ち上がり、ランド兄弟を引きずりながら出て行く。そして背中越しにガランに話す。
「――やっぱり、引退して正解だったぜ」
「ああ、確かにあの腹芸は滑稽だったな」
「違えよ、俺は狩人にゃあ向いてなかったんだ、それがやっと分かったぜ」
「は?」
「若いのにはよく言ってたよ、“知らねえで済ませるな”ってな。それがどうだ、未だに知らねえことだらけさ」
「……あれが分かるやつなんて、カガール様ぐらいだろうよ」
笑ってみせるが、リーバイルの雰囲気は変わらない。
「――そう、だな。……悪いな、愚痴るなんてらしくないぜ、全くよ」
「そうだな……、あんたはもっと偉そうにしてた方が似合ってるよ」
返事は帰ってこず、手を上げるだけで出て行ったリーバイル。それを見てガランは、あれもまたあの男に戦いを挑んだのだと知る。そして敗れたのだ、その眼差し一つで。歴戦の、伝説ともいわれる戦士が心を折られたのだ。
建物を出て、ガランはすっかり暗くなった空を見上げる。あの男が、どうか滅びを齎す悪魔で無いことを願って。
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