二人散歩

 喧騒の中を二つの人影が動いていた。

片方の男は標準よりやや高い身長に上下黒い革地のジャケットを羽織って黒い髪を後ろで結んでいる。服の上からでも鍛えられた肉体であることが分かるその男は、物珍しげに町並みを眺めながら歩く。

 その横、男の三分の二程の背丈の少女は然程涼しい気温でないにも関わらず全身を覆う長袖のワンピースを着ており、頭には深めのつば付き帽を被っている、その隙間からはこの街で珍しい、緑色の長髪を靡かせている。


「ふむふむ」

『むう……』


「なんだ、まだ膨れてるのか」

『当たり前です、この容姿は父母、そして神々から与えられたもの。それを隠せなどと……』


 二人は昨日まで来ていた服(メーディは蔦で隠していたのだが)から着替えている。街へ入るための許可証を渡しに来た折、そのままでは目立つとメーディに言い、渋々承諾したのだ。理は昨晩帰りしなに頼んでいたものを身に着けている。メーディは自分が編んだ服が不満なのかと苦言を呈した。

 しかしよく見れば切り傷が目立ち、その内ボロボロになりそうだったのでこれは納得していた。

 やはり問題はメーディ自身の服だが、本人の気持ちとは裏腹に周囲の評判は上々だった。この辺りでは見ない種族故に奇異の目で見られるが、その顔立ちは整っているので違和感が取り除かれると周りにはただの美少女に映っている。

 メーディにはそれも不服の種である。見目が少し変わっただけで反応が変わる、その視覚に囚われた見識が理解できない。これは彼女達モードゥ族が特殊なのだが、それは本人には納得し難い理由である。

 因みに理はそんな彼女の風貌には全くの無関心で、それはそれでなんだか腑に落ちないメーディである。


 そんな訳で機嫌が悪かった彼女だが、徐々に軟化しだしている。やっと入れた市街に目を奪われ、気分が高揚しているのだ。


『これは!?』

「石畳だなあ」


『何故?!』

「馬車があるんだろ、あそこにもある。それに歩きやすいし」


 馬車とは言いつつも、牽いているのは馬ではなく似てはいるが違う、より逞しく角が生えている。


『馬車、生き物に牽かせるのですか?!』

「一々煩いな」


 この街に入って既に幾らか歩いているのだが、彼女の質問攻めが収まる気配はない。何もかもが石で出来ているこの街は、理にとっても珍しいものではある。先程の馬車も車部分は石であり、なんと車輪も石で出来ている。覆っているのは何かの革であるがほぼ石のみである。

 建物も同じで、全て石造り。しかしどれもが見事な作りで、且つ殆ど継ぎ目が無い。装飾も凝っていて民家ですら豪奢な筋彫りなどが成されている。彼らが滞在した建物も窓硝子が嵌っていたが、当然街の建物にもあるので一見して地球の現代建築を思わせる充実ぶりだ。

 しかし汲んだ水を運んでいる様子や、道歩く警備兵の装備(盾と剣)、馬車の行商などを見るとやはり技術は中世程度に伺える。


 これに対した二者の反応はそれぞれ違う。

 メーディは見るもの全てが新鮮で、理に尋ねたり人を呼び止め聞いたりしている。理といえば、中世の街を思わせる雰囲気には物珍しさがあるが、それ以上に惹かれるものはない。概ね見慣れたものばかりなのだから当然と言えよう。


「人間に近いと文化も似るんかね」

『貴方のいた場所もこの様な?』


「もっと便利だったけどな、なんでもかんでも人任せみたいで俺はあんまり好きじゃなかったが」


 と言いながら彼は地球にいた時、身の回りは全て人にやらせていたのだが(彼を恐れた人が勝手にやっていた部分もある)。


『それは……、怠惰が過ぎるのでは?』

「そうかも」


『いえ貴方が』

「え?」


『少しは自分でやるべきです』

「……心を読むな、それは以後禁止だ」


 彼らが今歩いているのは八つの地区の一つ「フォルナ」地区で、ここの首長はバレッタという女性である。

 待望のカガールとの面会のために彼女の役所を尋ねに向かっているのだ、寄り道の嫌いな理ではあるが流石に初めて見る異世界の街は興味があった。しかしもう興味は尽きた。


「よし、行くか」

『え、もうですか!』


「まだ見たいのならここにいても良いんだぞ」

『そう……、しましょうか……』


「そうか、じゃあな」

『あっ』


 さっさと離れていく理、ポツンと置いていかれたメーディは不安気に周囲をキョロキョロと見る。やがて歩き出そうとしたが周囲の視線と、その意味に気がつく。

 好奇と、好意。特に後者が強く感じられ、よく見るとそわそわと男達が機を伺っている。その意味が分かったメーディは途端に居辛さを感じだした。既に理の姿はかなり小さくなっている。


『うう……。ま、待って下さいー!』


 そうして理を追いかけだすメーディ。彼を見張らねばと理論武装を行い、自分に言い聞かせながら。

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