交渉人失格

 それから特に迷うこともなく(案内人は断っている)、辿り着いたフォルナの役場。見た目はそこまで他の建物と変わらないが、施設全体が大きい。中にフォルナ地区の狩人を管理する建物。昨日いた場所と同質の設備を併設しているためだ。

 中に入る前に受け取った文を警備兵に渡した理。待てと言われたが聞かないで共に入っていった。その所為で一騒ぎがあったが確認されると治まったので、理が起こした問題としてはかなり小規模なものである。

 改めてバレッタの執務室へと向かう、五階建ての五階に位置するがなんと移動は『エレベーター』で行った。先導役でルベリア人のニーシュによれば、磁石に近い性質を持ちながらその力を制御が可能な物質があり(細かくは話せないらしい)、それを駆使して作られているようだ。それはエレベーターよりも若干ふわふわと頼りなげな感覚がして、メーディは大層怯えていた。

 そうして執務室の前に行き扉が開けられ中に入っていく。室内はロッサンのそれと作りは似通っているが大きく違うのは調度品、特に色だ。暖色系でまとめられ、置物も細かく凝ったものが多い。ニアンがある場所は気温としては相当温暖なのだが、クレーターの下部で尚且つ石に囲まれていることもあってか街は適温または、やや寒い。これは理の感覚が基準であるので国民の感覚はまた別の話では有るが、人々の恰好に薄着が少ないのを鑑みれば推し量ることは出来る。

 そんな小綺麗な部屋の奥に執務机を挟んで対面したバレッタと二人。バレッタはメガネを掛けた鉄鋼族の女性で、ブラウンの長髪を下の方で縛っていて、切れ目は知性を感じさせ派手過ぎないほどに化粧がなされ赤い唇が目立つ。肌は雪のように白くある程度の年齢、四十手前(鉄鋼族は地球人より僅かに長命)に関わらずその美しさは変わらない。

 理がメーディに一切靡かないのは彼が女性に興味が無いわけではなく、単に彼女が守備範囲外だからである。逆にバレッタは彼からすれば好みに入る。だからといって態度が変わる訳では……。


「好みだ、どうだ俺の女にならないか?」

『は?』

「はい?」


 理という男は欲に素直な人間だ、思ったことは口に出す。食べたければ食べ、その気になればすぐに暴れ、そして見目麗しい女性にはそう告げる。


「ええと、あの……。今日はカガール様との面会をする、その為の相談に来たとロッサン殿から……」


 開口一番告白を受けたバレッタだが、恋愛経験こそあれど未婚である。危険の多いこの世界で子孫を残すことは最も大事でも有るが、バレッタの首長としての仕事、それに対する彼女の熱意に、周りがついていけないが故の現在である。

 言い寄られることは少なくないけれどもこれほど直球で、そして唐突な告白は受けたことがない。それでも尚、普通に対応できたのは見事という他ない。


「そうだ、カガールとかいうのに会いたい。だがそれとこれとは別の話、どうだまずは飯でも――」

『な、な、な……。何を馬鹿な――!』


 いつもの澄ました態度はどこへやら、顔を真っ赤にして叫ぶメーディ。こと色恋において彼女はあまりにも初心だった。賢しいのが災いして、年頃らしい感情が育ちきっていないのだ。自然につがいが出来る村の風習も原因の一つでも有る。


「煩いぞ」

『こんな、人が見ているのにそんな……。破廉恥です!』


「びっくりする程に、子供より酷いな。その初心さは」

「大丈夫ですか……?」

『ええ……。貴方様まで……?良いのですか』


 メーディを見て逆に冷静になったバレッタ。


「構いませんよ、食事くらい。勿論お代は持って下さるのでしょう?」

「当然」


「なれば。まあ、お付き合いは考えさせて貰いますけれど」

「お硬いなぁ」

『当たり前です!』


 そうした悶着を経て、話題は本来のものへと移る。


「では、まともな話を。カガール様とお会いしたいと伺っていますが、理由を聞かせてくれますか?」

「戦いたい」


 後で控えていたニーシュ、そして警備が剣呑な気配を発する。しかしバレッタがそれを制する。


「聞いていた通りですね、乱暴な人ですこと。そういう方は好みではありませんよ」

「知った事か。……で?どうなんだ、会えるのか、会えないのか」


 理の中での優先順位、トップが戦い――厳密には違うが――。それ以外とは比較にならない、バレッタは好みで、告白に偽りはないが今彼の頭には無い。

 会話は出来れど交渉は不可能。ロッサンから受けた忠告を思い出し身に染みるバレッタ。相手が怪物でなければ追い返したい所であるがそうもいかない。

 仕事時の仮面が剥がれぬように気を使いながら、にこやかに話す。


「ですがカガール様とお会いするのが困難だと、聞いておられる筈」

「病気なんだってな」


 実際に言及されたわけでないにも関わらず、理は確信している。だが当たっている上にその言いっぷりにバレッタは苦虫を噛み潰したような顔を脳内でする。どこから知られたのか、よもや直感だとは知る由もない。


「ならば……」

「戦わなければ良いんだろう?まずは顔を見せろ、それから判断する。雑魚なら時間の無駄だしな」


 高圧的な態度に、そしてカガールを軽視した発言に思わず表情を崩してしまう。理は交渉の腕こそありはしないが、交渉する気がないゆえの強引な発言で、相手は常にペースを乱されてしまう。

 地球にいた時あらゆる人物が彼に交渉を行い金や名誉、武力を突きつけてそれをしたがその全ては一蹴(物理的に)されている。


「――そう言われると思っておりました」

「じゃあ良いんだな?」


「ええ、実はカガール様も貴方にお会いしたいと仰っておりますので」

「なんだ、そうなのか」


「ええ、本当は止めて頂きたかったのですが」

「は。随分善くされているんだな、慕われている」


 そう言われ深く頷いた後、理の眼を見据えてバレッタは言う。


「そうです、カガール様はニアンの、まさに『救世主』なのですから」


 微笑む彼女、そこに込められた理への敵意。――殺意。彼は気がついていたのか、それとも興味が無いのか、ニアンにいる人々の平和ですら彼にとっては些事なのか。

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