待ち人来たる

 メーディは理が検査を受けた建物の、諸手続きを行う広いホールの一角にある長椅子の端に座っている。今は十数人いる狩人がバラバラにいても十分余白がある広場をボンヤリと見つめ、所在無げに深く腰掛け足をぶらつかせる。彼女の周囲を歩くものたちは、彼女に気がついてないでもないが、チラと見る以上に関心を示さない。メーディ自身がそう仕向けている。

 理が旅立って丸三日、もう夕方なので三日半は経っている。

 最初は宿で理の帰りを待とうとしていた。彼が帰って来ずでは街には入れない、自分ひとりだと通常の決まり通りに、長期間様子を見られてからにならないと街には行けない。だが家に戻っても面白いことはなかった、なのでここから他の人間を観察するほうが暇つぶしにもなるのでは。

 そう思っていたのだが……。

 理が旅立った次の日、朝からここに来て、建物の中を物珍しげに歩き回っていた。

しかし彼女がニアンとそこの人々を珍しがるように、周りの人たちもまた彼女が奇怪に写ったのだ。見慣れぬ、体に蔦を這わせる少女。見目が整っているということもあるが、多くはその種族が故の特徴に眼を奪われた。

 ニアンにいる者は、特にこの建物で検査を受けて外に出よう、出ている者達はこの世界が危険と隣り合わせだということを、実感とともに理解している。

 だからだろう、見慣れぬものには警戒するものが多い。偏見とも言えるような、穿った見方をするものもいる。それ以外にも様々な思いを巡らす者たちが彼女の周囲を居並び歩く。


 それだけであれば、メーディもそういうものだと思っただろう。ただ問題は、彼女がその能力が故に人の機微に聡いということだった。

 彼女を見るものの心には十人十色な事物が浮かぶ。それには善悪、美醜。一概には言い切れぬが、それでも色はある。彼女が分かるのも、あくまで“上澄み”だけなのだが、それでも邪な気持ちは分かるのだ。例え表情では隠そうとも、蔑視や彼女が感じたことのない下卑た気持ちまで。

 だからメーディは一時、心を閉じた。それが逃げだとは分かっていても、きっとこれからもこういうことはあるのだと、頭では分かっていても動揺はすぐには戻らない。

 二日目は丸一日仮宿で過ごした、しかし不健康なためまたここに来ている。それでも視線に変化は見られず、再び丸くなっている。


(なんで……、なんでこの人達は他人をそんな眼で見られるの……?)


 自分の里では、皆がお互いのために助け合い支え合い生きていた。多少の好き嫌いはあっても、乗り越えて手を握り合っていた。そうしないと生きていけないからではあったが、それでもそれが彼女にとっては当たり前のことだった。


(皆、あの人みたいに――)


 頭を振る、それは流石にありえない。世界が滅んでしまう。

けれどもあの男、理は彼女に文句を言おうとも間接的に寿命を縮めようとも、彼女に悪態を付いたりはしなかった。いつも余裕をかまして人を小馬鹿にしたような態度ではあるが、それ以上に素直であり、人としてはどうかとは思うが筋の通った性格では合った。

 本人が知らぬ、関係のない所で評価が上がっているが、理自身には意味のないことではある。


 そうして悶々としていたが、結局理が戻るのを待つために今日もここに来て座っているのだ。

しかし気がつくといつの間にか人が増えていた。そして何事か、場の喧騒がより大きくなっている。聞き耳を立てると、何かに関して揉めているようだ。




「――嘘をつけ!お前たちにこれだけの数を狩れるわけがない!」

「だからぁ、何度も言っているでしょうが。見れば分かるって、どうして実際に死体を見ているのに信じてくれないのかなぁ」

「そうだよ、だからちゃっちゃと精算してよね」


 話しているのはここの職員と、年若い狩人が二人だった。見回すと、それについての話し声が聞こえる。

 壮年の鉄鋼族の男がそれよりも少し年若いグル族の男に話しかけている。


「……どうしたってんだ?あいつ、ディールとか言ったよな、兄弟でいつも狩りしてるって」

「そうらしいな、ランド兄弟。つまり横のが弟のジェールって訳だが……。どうにもあいつらがムンピオを狩ってきたらしいんだ」


 話しかけた男が眼を剥いた。

 ムンピオはここからそう遠くない場所に現れる生物で、『頭と尾の無いサソリ』のような見た目で、六つの足で跳ね回り上から抑えつけて腹部にある口で相手を捕食する。

 弱点はその口なのだが、基本的に地面に伏している上に飛びかかる速度が速いので

狙うのが困難。更に殻も堅牢で熟練の狩人も嫌う厄介な生物なのだ。出たばかりの若手がそうそう狩れるものではない。


「嘘つけ!」

「……だよな、だから揉めてんだ。しかも二匹だぜ、ニ匹。嘘つくにしても盛りすぎだぜ」


 メーディが再び、そのランド兄弟たちの方へと顔を向ける。


「ねーえ、さっさとしてよ――って、あ」


 奥から現れたのは理の検査を行ったリーバイルだった。ランド兄弟と話していた職員が駆け寄る。


「リーバイルさん!今日はもう帰ったのでは?」

「そのつもりだったんだがな、なんか嫌な予感がして来たんだが」


 リーバイルがランド兄弟の兄、ディールを睨みつける。一瞬怯んだ彼だが、直ぐに睨み返す。鼻で笑うリーバイルだが、それで更に気を悪くした兄弟。


「……で、お前たちがムンピオを狩っただとか。……はっ」


 もう一度二人を鼻で笑ったリーバイル。明らかに馬鹿にされていることに苛立ちが募る二人。


「何が言いてえんだよ……!」

「お前たちの武器は腰に下げている剣と、……ご立派な弓矢か。工房の新作だな?お坊ちゃんよお」


「あんまり好き勝手言ってくれるなよ!」

「そんな武器で、特にチンケな剣で倒せるほど柔らかい殻はしてないぜ?あれは」


「チンケだと……?!これは――」


 ディールが剣を抜く。周りはざわつくがリーバイルは平然としている。ディールもそれを振り回すではなく、見せつけるように横に構えた。


「ワグナの親父に頼んだ一刀だ、おっさんの眼が節穴だ」

「ああ、いい鋼を使っているな。それだけだ、言っているのは刃だ」


 怪訝な顔をするディール。


「刃ってのは見るだけで何を斬ったか、どんな戦いをしてきたか分かる。これはムンピオを斬った剣じゃねえ」

「だからああして死骸も――」


「煩え!」

「――なっ!」


 怒鳴りつけられ一歩下がる兄弟。


「じゃあどうやって倒した!?」

「それは、裏側の弱点を剣で……」


「俺が言っているのは、『どうやって裏返した』か、だ!そのヒョロッちい腕で掴んだってえのか!?」

「それは……!」

「やばいよ兄い、そろそろ……」


 ジェールが小声で何やら耳打ちをする。ディールも焦っているようにそわそわしだす。


「そんなこと良いだろ!早く金を渡せって!」

「……やっぱりな、お前ら――」


 言いかけた言葉を遮るように、遠くから声が聞こえてきた。それは数人が話しながら向かって来たが故の大声だ。


「――おーっしゃあ!帰ったぜ!」

「ギースさん!あんた達も帰ったのか、早いな。もう数日は掛かるんじゃ――」


 帰ってきた者達、特に先頭にいるギースは腕利きの狩人として界隈では有名である。今回は数日がけの遠征をしており、十日は街を離れている筈だったのだが、予定よりも三日も早く帰ってきたのだ。


「それがよ、とんでもねえ奴がいてよ。目的地にいた奴らの殆どを一人で殺っちまいやがったんだ」

「んな馬鹿な、そんなこと出来る奴がいるわきゃあ――」


 騒ぎを上書きするように更なる騒ぎが起きる。ディールとジェールはそれに目を奪われつつも未だに報酬をせびっている。

 それから立て続けに狩人たちが街に帰ってきている。リーバイルもそれに驚いたように声を上げた。


「おいおい、どうした。何か厄介事か?纏めて帰ってくるなんざ……」

「それがさ、リーバイルの親父。この辺りにゃ暫く何にも出やしねえだろうさ」


 ギースとは別の狩人がリーバイルに話す。そこに更に別の男が言葉を浴びせる。


「何でだよ!」

「……まさか、あいつが?」


「何か知ってるのかよ、親父!」

「おいさっさと金を――」


 場は混沌としだした、荒くれ者が集うここは常日頃に罵詈雑言が飛び交う場所ではあるが、それにしても今は人も、声も余りに多い。

 メーディは端っこで小さくなり、その様子に慄いていた。人の多さに気圧されている。






 その時、そこにいた全ての狩人が扉に顔を向けた。狩人が外から帰ってくる、今しがた多用された扉だ。それに目線が注がれ、空気が静まり返った。


「――何か、来る」


 ギースが呟いた。その言葉は静まり返ったホールで、よく響いた。

 狩人の、戦場に立つものの直感。本能的な反射。それの答えを示すべく、扉が開かれた。


「――おう、随分賑やかだな」

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