閑話

その頃

 時を遡り理が地平彼方へと吹き飛んだ直後の話である。

 それを成した少女はその方角を眺め、額に平手を当てながら呟いた。


「いやー、飛んだなぁ。生き延びて見せるかな、理。とか言ったっけ」


 茶褐色の肌。その口角を上げ、あどけない表情でほくそ笑む。グレア・ミント、少女の名前だ。

 彼女は理よりも長くこの地にいる、それは数年では効かない。人が数度世代を変える程の月日を過ごしている。それで尚、彼女が見目麗しい少女の見た目であるのには当然訳がある。


「……きっと生きているな、そこらのとは違いそうだったものなぁ。――お」


 不意にミントは顔を上げた、空を照らす光帯と重なるように光の中から現れた存在。人型ではあるが、凡そ人間には見えない容姿。

黒い肌と膨張した筋肉。浮いた血管のような部分は稲妻が走るように青光っている。腕は人の倍は長く地面を擦りそうだ、背からは羽、の骨組みじみたものが左右に3つずつありそれでもって宙を舞っている。頭は瘤のようになって前面に飛び出ていて顔はない。


「久しぶりじゃん。仕事が一段落ついたのかな、ミドっち」

「ミドリァノス、だと言っているだろう。土塊の」


 不満げに鼻を鳴らすミント。


「その呼び方は止めろよな。……はいはい、わかったよ。それで?」

「終わった、と言うよりもそうでなければ顔など見せん」


「相変わらず愛想がないなぁ、理くんはもっと愛嬌があったよ」

「先程の、か。どうだった」


 今度は自慢話でもするかのように得意気な顔になるミント。


「見込みありだね。中々いいよ、今はそこまでだけどね」

「そういう種類か、それまで生き延びればいいが」


「期待してもいいよ」

「珍しいな、お前がそこまで評価するとは」


「『瞳』がいいよ。あれは」

「結構なことだ」


 話している間も両者は一定間隔から近づかない、共通の目的はあるが『仲間』では無いのだ。


「こちらは雑事に准じていたというに」

「お疲れ~。ってことは」


「残念ながら、私の捜索した範囲には見当たらなかった。上手いこと晦ましている、ということだろう」

「はっ、チキンが。とっとと出て来いってんだ、踏み潰してやるのに」


 明らかに不愉快な態度を示すミント、表情はないがミドリァノスも同意の様子。


「あれが有り続ける限り、事は順調には進まん。まだ時を要するだろう」

「はーあ、アタシの役目は続くってわけね」


「その事だが、知らせが入ってな。お前に頼みに来たのだ」

「だから会いに来たのね。珍しいこともあるもんだ。なに、楽しいこと?」


 目の色が変わるミント、猫のようにコロコロ表情が変わる。それは内面にも言え、彼女の危険性を表している。


「判断は任せるが、今の『選別』よりは歯ごたえがあるだろうな」

「ほほう」


「『白銀の城』の所在、の手掛かりを見つけたようだ。ザイールが先行しているが数は多い方が良いだろう」

「なんだよ、数合わせかよ」


「そう言うな、質は見ている」

「はいはい、お褒め頂き嬉しいでーす」


 ミドリァノスが再び宙に浮く、羽のようではあるが羽ばたきはしない。骨しか無いように見えるが、羽よりも遥かに自在に空を動き回れる。


「以上だ、お前のお気に入り。精々期待するとしよう」

「理くんが『あいつ』も倒してくれないかな」


 その言葉を聞いて初めて、ミドリァノスが笑ったようにも、気を緩めたようにも見えた。


「夢想するのも程々にしておけ。あれを仕留める時は総力戦になるだろう」

「ちぇー」


 それを最後に彼方へと飛び去ったミドリァノス。それを見送った後、ミントがポツリとこぼす。


「馬鹿にすることないじゃん。――少しだけ、本気だったんだけど」


 体を伸ばしたミント、彼女も行動を開始する。


「さーて、どうするかな。『これ』は持っていけないよな、流石に」


 そう言いながら地面を均す。


「まあいっかぁ」


 彼女の役目は『選別』。この地に来る全てが桁違いの生命、及び存在。

 しかしながらそれらにも『差』は存在する。そして『最上位』もまた、存在している。

 今の理の位置は、如何程か。

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