世界を蹂躙せし者

 某国の都市、嘗ては列強国に数えられていたが今や久しい時代。

 通年寒風が吹き荒むこの国だが、それでも建築物には対策が施されている。だが何故かこの都市にあっては異なる。高層ビル群は外壁が凍りつき砕けた一部には鉄骨が見え隠れしている。

 世界を覆う争いの豪風がこの国を飲み込んだ余波だ、体力の低下した国は首都圏を除いて防護を放棄した。否、不可能となったのだ。

 軍では、群では対応しきれぬ脅威。超常の者たちが世界各地で行動を開始した。

 それは幾つかの組織が指導してのこと、中には国と連携を取りて覇を握ろうとした者たちもいた。

 けれどそういったまだ穏健といえる集団が動いたのは、そうでない集団の存在が引き金となった。一言で説明するならば暴徒、テロリスト。しかしその戦闘能力は生半可な国軍を上回った。

 何よりの問題は個々人で形成されたそれらは構成員のほぼ全てが超人であるということ。

 機動力が段違いであり、兵站などに困ることもない。唐突に都市に現れては暴虐を尽くし、警察などが到着する頃には手遅れ。よしんば間に合っても只の人間には抗うすべがない。

 だから同じ超人を擁する者たちが現れた、だがそれらは慈善集団ではなかった。そしてその世界の混乱を好機と捉えた国が進軍を始め、歴史に又とない大戦争が巻き起こった。

 それが治まったのがおよそ十年前。

 この大戦争が起きるやや前からある噂があった。それは都市伝説、風変わりな事件。そう捉えられていた、しかしこの戦争が始まりそれが超人の仕業だと気がついた。

 そしてやがて人々は気がつく、それは、その男はこの人類史に残る戦争よりも余程危険な者だと。


 その寒冷地の国、荒れ果てた都市を縦横無尽に動く影。


「ミリー、奴の位置は特定できたか!」

「待って、もう少しで……!」


 地上を掛ける白人の男はクジャルコフ、離れたビルの上から無線連絡を取っているのはアジア系の少女ミリー。

 二人共ある組織の工作員及び戦闘員だ、その組織はこの近くの都市を占拠している。だがある情報が入った。

『近くにあの男が出た』

 よってこの二人はここにいる。

 端正な容姿の青年であるグジャルコフは軍服を改造しより動きやすくしており、頭にはコサック帽を付けている。手には時代遅れな武骨な剣を提げている。

 ミリーは小さな体を大柄なコートで覆い、その隙間から手を出し狙撃銃を構えている。

 両者真剣な、そして切迫した表情でいる。


「見つけた!二時の方向にある商業ビルの中!」

「わかった――」


 そちらに目をやり、突入しようと思った矢先。相手が向かってくる形で現れた。

 情報通り、そして噂通りの容姿。黒髪黒目、長髪を無造作に後ろで纏めた身長175程度のアジア系の男。獣の様な男。

 名は確か――。


「よく来た、歓迎するぜ」

「お前が、『コトワリ』か!」






 道影猛。嘗てその名であった男は世に知られる時、大きな争いの戦端が開かれようとする前。世界が狂い始めていた時に現れこう名乗った、『理』と。

 自分が世の決まりであり、自然現象すらも越えた存在だと。そして「自分が地上で、この世界で最も強い存在になる」そう言い放った。妄言、狂言。最初はそう受け止められた、状況をよく知らぬ者達は。

 だが既にその男を知る者達には少しも冗談に思えなかった。






 グジャルコフが迎え撃った、愚直な理の攻撃を剣の側面で防ぐ。まるでハンマーで殴られたような金属音が響いた。

 一瞬手が痺れたグジャルコフだが怯むこと無く戦闘を開始した。

 鋭い剣戟を繰り出す、理はそれを紙一重で躱す。理が纏う革ジャケットの表面に薄く切り込みが入る。

 だが反撃、理の右足からの横蹴り。グジャルコフ受けようとはせず回転して逃れた、それは正解である。理の蹴りをまともに受ければグジャルコフの肉体では耐えきれない、それどころか上半身が吹き飛んでもおかしくない。

 その異常な、超常の者と多くの者から呼ばれる者達にあっても驚嘆すべき力。

 この十年の間にこの男は信じられない速度で成長し続けた。

 まともに打ち合っても勝機はない、それが分かっているグジャルコフは市中のビルの間を駆ける。

 事前にこの街の地図は隅まで頭に叩き込んだ、小道も全て把握している。現在地から最も効率のいいルートを辿り予定地へと誘導する。

 やがて行き着いたのは駅前の広場、昔はとある偉人の像があったがとっくに失われ開けた場所になっている。中央には噴水があるが張っていた水はかなり前から凍りついたままである。


 追いついた理は直ぐに距離を詰めて襲いかかる、グジャルコフはその猛攻を広場のあらゆる物、ベンチや看板、放棄された車などを盾にして逃げ回る。僅かな隙を突いては斬りかかるが容易く躱される、自力に大きな差がある。

 話に聞いていたとは言えこれはグジャルコフの自尊心を傷つけた、昔から神童と持て囃され、力に目覚めてからは更に抜きん出た存在になっていた。

 それがこの状況、策を練り逃げ回るなど。グジャルコフは剣に特化している、手に持つ剣の刃は自らが創り出したもの。無から生み出したそれは通常の剣よりも遥かに強靭な鋼であり、それを剣術の才を持つ彼が振るうことであらゆる敵を打ち払う。この刃は物体以外も切り裂けるが、流石に当たらないとあっては関係のないことだ。


 理が噴水を背にして向き合う、そして今度はグジャルコフが飛び込んだ。これまでと違う気配に警戒を強めた理。だが変化があったのは後ろ、噴水の中から何者かが飛び出した。

 もう一人の仲間、リグル。氷を生み出せる力があるその男が理の足元を凍らし動きを封じる。

 一瞬で膝まで固まった為直ぐに逃れられない理、その瞬間をついてグジャルコフが斬りかかり同時にリグルが合図を送った。無線機に呼びかける。


「撃て、ミリー!」


 遠くで発砲音がする、近くに人影は無かった筈だが一体どこから。答えは直ぐにわかった。弾丸が建物の影から曲がりながら飛んできた、そういう能力。

 理は両腕に力を込め交差して頭部に寸分無く向かってくる弾丸を防ぐ。腕が弾け飛ぶが威力は弱めた、右手を犠牲に左腕の『中』で受け止めた。

 それと同タイミングでグジャルコフの剣戟、防ぐ腕のない理は袈裟斬りにされた。激しく鮮血が飛び散りグジャルコフの顔を濡らす。

 トドメとリグルが鋭い氷柱を作り放つ。


 だが防がれた、理の足元の氷が砕けそのまま後ろ回し蹴りで氷柱が迎撃された。

 グジャルコフが動揺する、確かに手応えはあった。あれは致命傷の筈――。

 その時手元から異音、見れば剣が折れていた。理解した、最初の攻防、剣で拳を防いだ時の剣へのダメージ。それは深刻なものだった。少なくともこの男を殺すには。

 一瞬、剣に目をやった隙(一秒にも満たないが)に理が目前に迫っていた。対処する間もなく胴に拳で大穴を開けられた。確かに奪った筈の右腕、しかし既にそれは回復している。噂通り、それ以上の生命力。最早人の領域を逸脱している。

そして吐血した神童は命を散らした。






 ミリーは撤退を開始していた、作戦は失敗。リグルはそう告げた。彼女は元より一発だけの作戦。言われるまでもなく逃げる算段は付けてあった。練りに練った渾身の作戦は完全に成功した、結果を除いては。あれだけの周到な下準備からの必殺の一撃、三撃は容易く打ち砕かれた。

 それを以て分からされた、あの男は敵に回してはいけない。嘗てあの男から逃げ延びた兵士の話を真剣に聞いておくべきだったのだ。




 ミリーは二十歳に満たぬ少女だが、その心は冷え切っていた。短い生涯の中でそれだけの経験を経た結果。だがそれが今迄にない程に揺れ動いている、恐怖に支配されている。

 飛び渡ったビルの屋上、そこから更に飛び移ろうとした先にその男、理がいた。

 それが意味することは一つ、リグルは殺された。それも僅かな間、作戦失敗だと言われてから一分も経っていない。

 認識不足、調査不足?違う、この男を計るなど無意味なのだ。

 どうすべきか決めあぐねている内に接近を許した、そもそも身体能力では敵いっこないのだ。

 震える手で銃口を理に向けた、このまま撃てば衝撃で腕が吹き飛びかねない。それでもこの男の前にいて何もしないでいたくなかった、本能から来る防衛本能。

 理が一歩進んだのを切っ掛けに銃弾が放たれた、弾丸を操り軌道を変え威力を跳ね上がらせる。

 その無敵と思っていた一発は理の掌に容易く収まった、出血は見えるがそこからピクリとも銃弾は動かなかった。

 戦闘意欲は失われ膝を付く。近寄る理を見上げる。


「どうした、もう終わりか」

「……はい」


 そう言った途端に不愉快そうに理が顔を歪めた、そして鼻を鳴らし背中を向けた。


「お前は殺すに値しない、俺の糧にならない。次は死ぬ気で来い、そうしたら俺も全力で殺せる」


 それだけ言い残しいなくなった。姿が見えなくなるまで動かなかったミリーだが立ち上がる。

 再戦しようなどとは露ほども思わない、最早彼女は戦士ではなくなっていた。心は折られていた。どれだけ研鑽を積んでもあれには敵わない、彼女の芯が挫けてしまった。

 この力があれば普通に生きるのは簡単だ、だからこれからは静かに、出来るだけあの男に出会わぬように。

 だが一つ疑問があった、あれ程の力があって、私達を打ち破って何故あんなにも。

『悲しそう』なのだろうか。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






大戦が終結してから三年。

荒野にその二人は向かい合っていた。片方は理、もう一人はケニー・ルートマン。

 ここは某大国、軍事力では世界トップだと言われている。それは雄大な国土を有しており、彼らはその一箇所、赤茶の大地の渓谷にいた。ここにいる理由、それもたった二人だけの訳は戦闘の為。

 それを促したのはルートマンの方、というよりも彼が属するこの国が命を下した。ルートマンは強力なサイコキネシスを操る超能力者だ、彼はその国の軍に所属しているがそれは寧ろ国が彼に頭を下げて貰った結果。ルートマンには欲が無い、求めるものは既に手の内だから、彼に出来ないことはないからだ。明晰な思考能力、端正な顔立ち。金も欲すればどうにでもなる、電子機器に干渉も出来るため、あらゆる方法で資産を増やしていた。

 蓄えた資産、そこから得た社会的地位を背景に国を脅かすことさえ可能だった。国はその原因が彼の能力であることを知り、その力が当国に向かないことを確約した。そして重大な災害、戦争等の際に合力を頼んでいた。

 しかし大戦の際にも彼はその力を自らのためにしか振るわなかった、政府は契約を理由に非難したが聞き入れられなかった。

 その彼が重い腰を上げた、それは理という男の存在。

 ケニー・ルートマンという男はプライドの塊だ、それは能力に裏打ちされたことでもある。だが実しやかに囁かれた噂が、彼には気に入らなかった。

 理はルートマンを上回る、理は実際に能力者を打ち破った、それも二桁では済まないという。その実績が噂の信憑性を高めていた。

 そしてルートマンは直ぐ様に理の元へと向かった、純粋な興味もあった。当然挑発に乗った理、だがその戦いはルートマンの勝利に終わった。

 持ち上げられた巨岩、並の商業ビル一棟分はあろうかというそれの下敷きにしたのだ。

 それを以て彼は勝利を確信し立ち去った。

しかし理は生きていた。既に理の生命力はまるで計れなくなっていた、以前には火口に落ちたにも関わらず復帰を果たした。更には小型ミサイルの爆炎からも生存して見せた。

 皆、彼は不死身だと確信していた。実際には不死身ではない、限りなく近くはあるが死は彼にも存在しているのだが。


 ルートマンは不愉快で仕方がなかった、丁寧にセットされた金髪は風の中でも乱れることはない。理よりも背が一回りほど高く、この場所にあってまるで場違いな最高級のスーツに革靴。容姿も相まってこれからパーティにでも行くような恰好

 大して理の恰好は対照的、以前から容姿には気を配らない彼だったが、ボサボサのザンバラ頭。丈夫だという理由だけで身に纏うジャケットに革のズボン。無精髭を生やした風貌からは野蛮という言葉が似合う。

 本来であればルートマン、天上人が関わることなど無い人種。そんな者を相手に一度ならず二度も手を煩わせていることが彼を苛立たせた。

 最早言の葉は交わさない、交わしたくもない。今度こそ確実に息の根を止め禍根を残さない。


 手始めに理の立つ大地を砕いた、ルートマンは空中にいる為に影響は受けない。当然回避する理を念動力で弾き飛ばし地面に叩きつける。

 しかし簡単に逃れられる、戦車も動かなくなる圧力を振り解いた。砕いた地面を幾つか操り理に向け飛ばす、殆どを回避し困難なものは壊される。しかしここまでは圧倒的にルートマンが優勢。理は一度も反撃に出られないでいる。そうした中でようやっと理に動き。手に掴んだ瓦礫を投擲した、砲弾も斯くやという速度、しかし届くことはない。空中で止まり潰される。

 だがそれが連射されることでルートマンの動きが止まった、空中で只管に障壁を張っているが、業を煮やし大袈裟な衝撃波を放った。当たりも付けぬ乱暴な技、それによって迫りくる瓦礫は全て打ち消された。そうして晴れた視界に理の姿はなかった。

 鋭い感覚が位置を教えた、真下。彼をして驚くべき速さで動いている、そこから飛び上がり拳を振るった。それが届くことはなかった。彼の防壁は生半なシェルターを凌ぐ。しかしその腕は目前にあり、辛うじてという状況だった。やがて押し出され自然落下していく理。

 勿論手を抜いたわけではない、理が以前よりも更に速く強くなっているだけだ。あれから未だ一ヶ月も経っていない、信じられないことがルートマンの頬に汗を流させた。


「……あーあ。こうなるかよ。つまらねえ」

「――なんだと、貴様」


 頭を掻き理が呟いた言葉をルートマンは聞き逃さなかった。


「前も大概だったが、やっぱりお前そんなに強くないな」

「一度敗れた身で何を言う」


「あれはお前が勝手に居なくなっただけだろ?探したんだぜ」

「大言、自惚れも甚だしい。恥を知れ」


「それじゃ証明してやるよ」

「ぬうっ」


 再び跳躍した理、繰り返し迫るがやはり届かない。落ちていくが想像以上な攻撃の重さにそこから追撃できないルートマン。

 そして着地した理が消えた、速すぎて視界から居なくなったのだ。上空にいるので視界は広いはずのルートマンが見失う、異常なことであるが最早それも想定にあったルートマン。

 自分を中心に球状に防壁を張ったが直ぐに攻撃は来なかった、そしてどこにいたか判明した。

 理は手に巨岩を、以前の戦いでルートマンが放ったものの半分。それでも十分に大きなそれを片手で鷲掴みにしていた。一体どこから、その答えは下を見れば明らか。ルートマンが破壊した地面の一部を持ち上げていたのだ。

 それを手に飛びかかってくる、防御するが圧され後退するルートマン。彼にも意地がある、なんとか押し返し岩を砕いてみせた。だがそこに理はいない、自分の上。岩を足場に飛んでいた、それも防ごうとするが理が勝った。

 叩き落されたルートマン、過去に彼に牙を立てた者たちの中に彼に敵う者はいなかった。勝負が成立したことすら無かった。

 その彼が地を這っている、口の端から血が滲む。生涯で初めて痛みに藻掻く。

 横に降り立つ理を強く睨みつけた。


「おらこいよ」

「黙れ……!」


 余裕を見せる理、見れば汗一つかいていない。奴の言った通り、まるで敵わない差。そんなことが受け入れられるルートマンではない。

 腕からありったけの力を放つが踏み込んできた理の腕とぶつかり合い、そして撃ち負けた。その勢いのまま伸びた理の腕に自分の右腕を抉り取られた。絶叫を上げるが理は止まらない。なんとか凌ごうとするが尽く弾かれる、真正面からの力比べで押し負ける。あり得ないこと、まるで星を相手にしているような絶望的な圧力の差。

 やがて世界の最上位に居たはずのルートマンは数ある能力者と同じズタ袋のようになり、涙を流し命乞いをした。

そして他の者と同じように、物言わぬ骸と果てた。

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