最強に成る迄
世界が変わる切っ掛け
いずれ超常の者となる男がいる。
その人智を踏破することになる者であっても、それは人間であることは間違いない。
そして、彼もまた『只の人間』であった時が存在するのだ。
彼は将来、彼方へと旅立つことになる。
先ずはそこに至るまでの足跡を追うことにしよう。
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憂鬱な、実に憂鬱な一日がまた始まる。
高校二年の春はまだ始まったばかりだというのにこの陰鬱な気分。
なぜこうも毎日優れない気持ちで登校せねばならないのか。
それは元を正せば自業自得というところにはなるのだが。
我が私立鏡内高校は自由な校風をモットーとしている。聞こえは良いが、要するに誰でも受け入れていると云う訳だ。
この辺りは進学校に囲まれている関係で、我が校のような取り柄のない学校は生徒集めに苦慮する事が多い。
なので専らその進学校の受け皿――の受け皿として機能している。
学力は多く問わない、唯一の取り柄は部活動がそこそこ強いことだ。そちらでスポーツ特待生を受け入れたりしている。
しかしその他大勢はそうした一芸に秀でておらぬ者たち、何の間違いか稀に真面目に勉強をしに来る者も居るが、それは少数派である。
そしてこの校風の最も問題とされる部分。
『下限』が低すぎることだ、要するに『不良』と言われる人間たちが毎年一定数入学してくる。
今時に廊下をバイクで走行したりするような吹っ切れた者はいないが、それでも善良な生徒にしてみれば恐怖の対象である。
話を戻すが、僕『道影 猛』はこれの煽りをまともに受けた形となる。
多くの場合弱い者はこうした不良群に迷惑を被るわけだが、僕は少々事情が異なる。
つまり『自ら』この迷惑児の群れに飛び込んだのだ。
高校デビュー。
世間で耳にすることも多い単語だが、現在進行形で学生の者にとっては魅力あふれる単語である。恐らく。
僕は中学卒業と同時にこの地へと引っ越してきたわけだ。前の中学があった場所よりもかなり距離は離れており、はっきり言って前の田舎とは違い、ある程度の都市部に位置する。
そうした事情、心機一転には絶好の機会を僕は利用し、所謂高校デビューを果たした訳だが……。
「猛!」
「花楓、おはよう」
「いやー、辛気臭い!毎朝よくそんな顔ができるもんだ」
「大きなお世話だよ、全く」
秋葉花楓。幼馴染――ではないが、この学校に来て早くに親しくなった。
肩より下まで伸ばした黒髪をポニーテールにしており、大きな瞳、身長はやや低く150中頃。僕が175なので基本的に見下ろす形なのだが、彼女は強気な性格なので圧倒されることが多い。
言葉使いは荒いが、総じて優しい女子だ。見た目も悪くないので校内でも意外と人気がある。
ただその性格ゆえに彼氏が出来ないとかなんとか。
それはともかくとして、僕が彼女と仲良く慣れたのは正直に言って幸運の一言に尽きる。
「いつもあいつらが絡んでくるわけでも無いんだから、そう悄気げた顔するなよ」
「それは平和な立場だから言えるんだよ」
「いやいや、普通あんな痛々しい振る舞いは出来ないって!」
「その話はもう勘弁してくれ、下さい」
当時読んでいたラノベの影響をもろに受けた僕は、そのキャラクターの振る舞いをほぼ真似てデビューに臨んだ。
黒髪を伸ばし片目が隠れる長さにし、常に済ました顔をしていた。
そして今思うと恐ろしい言動の数々、クールなキャラクターを真似た結果だ。
常に壁を背に立ち顎に手を当て、小難しい単語をばら撒きながら言葉の随所に癇に障る鼻息を混ぜる様はいっそ芸術的と言えた。
自分でもスタイルは良いと思う、顔もそう悪くないと思うので見栄えは悪くなかったと思う。
しかしそれはコスプレ会場ででもやればよかったのだ。なにも教室で披露しなくても良かっただろう。
それは短気な粗野な人間に振る舞っては、正直殴られても致し方ないほどのものだったとは思う。けれども今尚それを引っ張り煽ってくる輩には殺意が湧いて仕方がない。
彼女も時折こうしてその話を出してくるが彼女には悪意はなく、教室でも随分助けられているので気分は悪くならない。
「それよりも少し急いだほうがよさそう、走る?」
「へ?……あー、ほんとだそうね。走ろっか」
軽い気持ちで提案したが、運動神経に優れる彼女と走るのはかなり疲れる。
自分も体力はまだあるほうだが、中学で部活をしていた彼女と万年帰宅部の間には溝がある。
「うげぇー……」
「はぁ、はぁ……。少し、疲れたけど間に合って、良かったね。はぁ」
やはりこうなる。
出来れば今すぐアスファルトに倒れ込みたい僕と、若干呼吸が乱れている程度の花楓。
とはいえ始業には十分間に合いそうだ。
では今日も一日なんとか穏やかな学校生活を祈ろう。
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路地を男が歩く。足を引きずり体を腕で抱える様は、見て分かるほどに満身創痍を訴えていた。
途中膝をついた、がフラフラと立ち上がりまた歩き出す。
男は死んでいない。だが死人のように、這うように動く男。
「……、駄目だなこりゃ。だが、このままじゃ死にきれねえ」
一人呟く男は歩き続ける。
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はい駄目でしたー。
知ってたとも、そろそろ『こういう日』が回ってくるのは。
教室に着くなり、穏やかな一日を送るのが無理だと理解した。
不定期に学校に来る何人かの不良が居る。日夜抗争という名の他校の生徒と喧嘩に明け暮れている者たちが今日は登校していなかった。
僕を弄る者たちは基本、その不良がいると大人しい。力関係がはっきりしている為であるのだが、つまりその間はその更に下のカーストの者、僕らのような弱者には平和が約束されている。
そのカーストの上位者がいないというのでは、弱者が被害に合う。
パシリ、いびり。最悪の行いを喰らい、下校まで陰鬱の時を過ごした。
花楓も今日は他の女子と遊ぶとかでいない、友人もいるがそれも今日は都合が合わなく一人での下校となった。
そして暗い気持ちを引きずり帰っているのだが、ふと急ぎの用事。母から買い物を頼まれていたことを思い出した。
一度帰って出直さなくてはいけない。
早く終わらせたいのでとっとと帰ろう。ならばと小道に入る。所謂近道。
実際には大した短縮にもならないのだが。
やがて公園に入る、この街でも大きい部類に入る公園。真ん中に大きな広場があり、その周囲を茂みが多いその間にぐるりと道がある。この中を突っ切るのが近道だ。途中に木々に覆われ少し暗くなっている場所があり、夜間は治安が悪くなるので付近の学校などでは、通る際に気をつけるよう言われている。
特に最近、この平和な街に通り魔が出ている。既に二人も被害者が出ており、ちょっとした騒ぎになっている。
なので本来もっと気をつけるべきだった。
その警告を真剣に捉えるべきだったのだろう。
道はない、木々の合間を縫って公園内部の道路へと跳び出した時横には人間がいた。
とは言えいたのは通り魔ではない。
そこには今日、学校に来ていなかった者たちがいた。
「……」
「……」
ベンチに座りたむろしている五人と目が合う。校内でも悪い意味で評判のグループ。
日々喧嘩に明け暮れていると言われ、流石に退学も近いのではと囁かれている。
全員は知らないが、トップ格の男の名は知っている。神鳴 彰(かみなあきら)。
赤茶の髪を短く刈り上げており、イケメンの部類に入ると思うがいつも怖い表情を崩さなく、常人は近寄りがたい空気を放っている。
よく見ると神鳴含め全員が顔などに傷を負っている。今日来ていなかったのは“そういった用事”があったからだろう。
僕は当然黙りこくる、そして相手も黙っているのだがそれが怖い。
当然のように全員がタバコを吹かしている。後ろ二人は雑談を始めたが、手前の三人は無言でこちらを見ている。
しかし彼らは積極的に、特に弱いものに喧嘩を売る類ではなく、これと決めた相手に徹底的に向かうと話に聞く人達だ。
上手くやれば穏便に立ち去る事が出来るのでは……。
すり足で後ろに移動する、まるで野生動物にあった時の対処のようで笑えてくる。
一切笑えない状況では有るが。
突然神鳴が勢い良く立ち上がった。顔が真剣そのものであり、体が硬直してしまう。
目線は鋭く、自分と年が変わらぬとは思えない。
だがどうにもこちらを見ている様には見えない。それよりも向こう、自分の後ろを見ている様にみえる。
恐る恐る振り返ると、視界に入ったのは不審者。
ウェーブのかかったくすんだ茶色い長髪を無造作に垂らし、ボロボロのコートを纏った男。
無精髭が顎を覆っており、一見浮浪者にも写るがその顔を見ればそう呑気な感想、脅威を覚えるのは仕方がないだろう。
目は血走っており、正面を凝視している。そして何よりも目を引くのは全身が傷ついており、出血していること。
すぐに思いついたのは今話題の通り魔。
首だけ曲げ後ろの不良たちに目をやる。
全員が構えており、臨戦態勢に見える。この状況で場合によっては立ち向かおうとしているようだ。
現金かも知れないが、こういう時には彼らが頼もしく見える。
そして幸運と呼ぶべきか、ぶらりと垂れた不審者の手には凶器は見えない。
ニュースによれば被害者は全身をバラバラにされているらしいので刃物を使ったのは間違いないだろう。
だんだんと男が近寄り、僕の前。5メートル前、後ろの不良からは8メートル程度。
全力で逆走すれば逃げられるかもしれないが、男の異様な圧迫感に足が竦んでしまっている。
その時後ろから声がした。それを受けて男の足が止まる。
「止まれおっさん。それ以上近づくな」
「……」
「見て分かるだろ、こっちは5人だ。仮にあんたが武器を持ってようと流石に敵わないだろう」
「……」
後ろを見ると二人は手に金属バットを持っていた。成る程、ナイフ程度ならなんとかなるかもしれない。
だが不気味なのは男が一言も離さないことだ。
警告も意に介さず再び歩き出す。
僕は思わず後ずさる、そして逆に後ろから足音。
神鳴が男と2メートル間で対峙する。男は目の前の不良を見る。
相変わらず異常な瞳だが、直ぐに襲いかかる様子もない。
そして初めて口を開いた。
「……お前は、駄目だ」
「あ?」
そう言うと目の前の神鳴を通り過ぎ、その後ろにいる他の人等を見渡す。
そして口々に言い放つ。
「駄目だな、碌な奴がいねえ。――ん、お前」
僕と目があった。その時後ろから神鳴がバットを手に襲いかかった。
それは男の肩口を強打した。しかし男は一切たじろがない。まるで何もなかったの如く。
そのまま手を後ろにやり、殴りかかった神鳴を突き飛ばす。
するとそれを受けた神鳴が異常なほど吹き飛んだ。
10メートルも先に落ち、何度かバウンドし動かなくなった。
その光景を見て他の者も動けなくなった、そして男が僕の目の前に来た。
目を見開き、僕を足から舐めるように見ると唐突に笑いだした。
「はは、はははは!これはいい、お前凄いな。お前『化物』になれるぞ」
「――」
男の言葉が理解できない、寧ろ化物はお前だろう。
血走った目をそのままに、口角を釣り上げて笑う様はまさしく狂人だった。
「俺はな、出来損ないだった。だからこのざまだ、けどそれで終わり。それじゃああんまりだ。だからな、俺の代わりに面白そうな奴を何人か強引に『目覚めさせちまおう』ってな。あいつらに少しは迷惑かけてやろうと思ったからな」
一方的にまくし立てる。やはり意味がわからない。この男は明らかにイカれている。
「まあ今後お前がどうするかは自由さ。大概先は決まっているがな、けれどお前ならいい線いくかもな」
「な、なに……」
「なにって、一つしか無いだろう?『進化』さ、人類の次のな。もう始まっている、いずれ分かるさ」
そう言うと男は僕の顔を鷲掴む。そして異様な瞳が更に充血する。最早瞳全体が真っ赤になっている。
すると段々僕の体が熱くなる、内側から燃えているかの如き熱さ。気が遠くなる程の痛みが走り思わず絶叫する。
「うぐぁ、うあああ!」
「はは、良い!凄いエネルギーだ、やはりお前は素質が有る」
「なに、言って――」
全身が掻き回され、内側から肉が膨らむような感覚。遂に僕は痛みと熱さで、意識を失った。
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