STORY6 愛を見てきた(8/8)

周りのスタッフがちょうど離れたため、根元は眼前の来訪者に自ずと気づいた。

「おっ、こんなとこに招かざる客やないか」

「初めまして、オフィス・サカエの江頭と申します。こちら、所属の砂田啓一郎です」

根元と初対面の江頭は、連れの腰に腕を回し、ふたりの面識を承知のうえで、事務所の新人タレントを改めて紹介した。

「おう、あんたはエトさんやろ。知っとるで。大城戸栄のパートナーのな……わしは音楽ギョーカイにも詳しいんや」

言いながら、銀幕のネズミは砂田を睥睨(へいげい)した。

「根元監督、お久しぶりです……砂田啓一郎です」

これ以上ないほど深々とお辞儀する来客を、近くの者がまじまじと見つめる。

「お久しぶり?なんや、キミのことは知らんな……もっとそばに寄らんかい!」

とぼけ顔と裏腹に、口角が緩んでいる。

「ご無沙汰してしまい、申し訳ありません!」

パラソルの下に入って、砂田はさらに頭を下げた。

「おう、そやったな。今日はお友達のエフは来ないんか?」

「監督、申し訳ありませんが、彼は別件で……」

江頭の即答と携帯メールを確認する根元の仕草から、砂田はこの突撃訪問がジミーFに手引きされたことを知る。知らぬところで、親友が手を差し伸べていたのだ。

「ケイ、あのなぁ……エフはマメに連絡よこすで。アイドルとしけこむヒマがあったら、お前もたまには電話してこんかい」

ふたつ折り携帯の画面を掲げて、根元はグエグエっとガマガエルみたいな笑い声を上げた。

傷口に塩を塗る毒舌よりも、「ケイ」と呼ばれたことが嬉しくて、砂田はパイプ椅子に寄りかかる映画界の重鎮にペロッと舌を出した。

「なんや、お前、反省しとらんな。そんなんやから、テレビ屋に干されんのや」

「いやはや、申し訳ないです。砂田は、いま、一から出直しております。根元監督へのご挨拶が遅れてしまい……マネージャーのわたしの不手際です」

進み出た江頭の前で、根元はバツが悪そうに腰を上げた。

「……ギョーカイ冷酷夏物語やな」

ぼそりと言ってから、開襟シャツのボタンをつまみ、メタボリックな体に風を送る。

少しの間、3人は黙った。

撮影準備を始めたスタッフの掛け合いが喧(かまびす)しく飛び交っていく。

「わしのことはさておき、まずは先輩に挨拶せんとな」

根元の指差す方向に一組の男女がいた。

花柄のチュニックを着た女が長身の男に日傘をさしかけられ、コンパクトミラーでメイクをチェックしている。男はスタッフで、女はキャストだ。

「あっ」

思わず、砂田は声を漏らした。

劇団・寿限夢×2の役者だった。

かつて、「再現ドラマカフェ」で一緒に舞台に上がり、「天知る地知るチルチルミチル」の出演を誰よりも喜んでくれた先輩だ。

その人が、視線の先にいる。

「ドラマの出演、おめでとう!わたしもいつか、映画やテレビに出たいわ」

忘れていたエールに鼻の奥がツンとして、砂田は気息を乱し、ふと、夏草の匂いを感じた。

窓を開け放ったときの、いつかの稽古場と同じ匂いだった。

「なぁ、ケイ。お前がいままで見てきたんは、大衆の無関心か?それとも、愛のかけらか?」

サングラス越しの眼差しが砂田の瞳をまっすぐ捉える。

熊本から上京した日。撮影スタジオでの仕事。初めての舞台。ドラマの収録。震災ボランティア。納棺される父。事務所からの呼び出し……。

ビーズみたいに散らばった過去が細い糸で繋がっていく。目立つ色をしたビーズは、決まって辛い思い出だ。

「マスコミのくだらん報道は、つまりは、お前への無関心からや。愛のかけらは、エフとかエトさんとか、劇団の先輩とか……あと、よう知らんが、九州の親御さんもやろ」

蝉しぐれがしゃがれ声に被さり、砂田は空を仰ぎ見た。

島原へ通った日ーー握りしめた掌の温もりは思い出せない。それでも、避難所での母の笑顔は覚えている。

周囲がますます慌ただしくなり、スタッフのひとりがパラソルに戻ってきた。

「ネズさん、そろそろOKです」

「おう、チュウ。ちょうど良かった。お前のホンをこいつに貸してやってくれ」

監督の指示に従い、ジーンズ姿の若者は来客に会釈しながら台本を手渡した。

「不幸なジイさんの話よ。冤罪で、希望も未来もない……でもな、わしのシャシンに出る連中は、愛を見てきたヤツばっかりや」

茜色の表紙には映画のタイトルが刷られているーー「ぬれぎぬ」。

「エトさん、実は、陪審員役に欠員が出てな。おたくのこのド新人にオーディションを受けさせたらどや?まだ間に合うし、後半の重要な役どころや……あと、大城戸栄の詩と歌も必要やな」

佇む砂田を除ける姿勢で、根元が江頭に耳打ちするように言った。


それからほどなくして、助監督が撮影の開始を告げ、タイムキーパーがストップウォッチを携えた。

ファインダーを覗くカメラマン。現場を駆けるヘアメイク。モニターに石垣と人影が映り、レフ板が適度の光を女優に当てていく。

砂田と江頭は見物客のそばに動いて趨勢を見つめた。

カメラワークを確認し終えた根元が、ディレクターズ・チェアにゆっくり腰かける。

ギャラリーのおしゃべりと蝉の共鳴。そのどちらもぴたりと止み、天と地の境に吹く一陣の風が、蜃気楼に似た砂塵を足首の位置で左右に揺らめかせた。

銀幕のネズミが右手を高々と挙げる。

「よーい……スタートォ!」


----- Original Message -----

Sent: Saturday, August 18, 2012 20:23 PM

Subject:はじめまして

砂田啓一郎さま。

しゃちほこTVのヤマドリ(嶋田)さんからアドレスを教えてもらったのでメールします。「天知る地知るチルチルミチル」の原作を書いた佐々木有美です。

DVDのパーティーでは挨拶もせず失礼しました。

実は、わたしの物語には砂田さんのキャラクターは出てきませんが、ドラマでの砂田さんの演技はとても印象深かったです。

(砂田さんのお芝居は再現ドラマカフェで前に見ていました。)

演劇やテレビの世界はとても厳しいでしょうが、俳優のお仕事、頑張ってください。

わたしも小説を書き続けます。

またいつか会える日まで、元気に活躍なさってください。

※ご返信は結構です。

野間口有美(旧性佐々木)



おわり

⬛連作「ギョーカイ冷酷夏物語」

STORY6「愛を見てきた」by T.KOTAK

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連作短篇集「ギョーカイ冷酷夏物語」 トオルKOTAK @KOTAK

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