STORY4 変態ゲームGO!GO!(1/8)
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取引先の接待を終えたヤマドリは、六本木の「ミーノー」にタクシーで向かいながら、島田広志からのメールを開く。
「ギロッポン、ミーノー」の後にマップへ飛ぶURLがあり、「遅刻15分につき1曲」と書かれている。
ギロッポンは六本木。ミーノーは飲み。
46歳のオジサンになっても、同期の島田のノリは変わらない。むしろ、いっそう元気になったと思いつつ車を降り、芋洗坂を下った。新年会のシーズンだが、月曜日のせいか、街中はおとなしく、開け放った冷蔵庫みたいに空気がひんやりしている。
中世の古城をイメージした建物に入ると、フロント近くのトイレの前で、島田本人とばったり鉢合わせた。
「おうっ!ヤマ。意外に早かったな」
「ほどよく切り上げられたよ。こっちのスタートが遅くて助かった」
「芸人らがすっかり盛り上がってるぜ」
半年ぶりの再会にふたりは気持ちを昂ぶらせ、フロアのいちばん奥の扉を開けた。
「ちゅうもーく!ヤマドリタカシの登場だぁー!」
曲のちょうど終わりで視線が集り、歌唱の拍手が歓迎のそれにスライドする。
「いらっしゃーい!」「どうぞ奥へ」「お待ちしてましたよ」
若手芸人たちが愛想よくヤマドリを迎えた。番組プロデューサーの島田から話を聞いていただけで、誰もが「ヤマドリタカシ」とは初対面だ。オーバーな歓待に、ヤマドリはペコリと頭を下げて、モニター横の上座席に腰掛けた。
「40分の遅刻っちゅうことで、ヤマは3曲がノルマだ」
開口一番、赤ら顔の島田が声高に告げる。
「えー?遅刻すりゃあ、歌い放題っすか。ワンマンショーっすか。いいっすね!」
ボケとツッコミよろしく、坊主頭の芸人が相方に頭を叩かれ、周りの者が笑い弾けた。
二組の漫才コンビとふたりのピン芸人。ブレイクせず、まだ二流タレントの彼らは、島田のプロデュースするバラエティ番組の準レギュラーで、テレビ出演の有無が生命線になっている。
人数分の飲み物が新たにオーダーされ、島田は斜め向かいのヤマドリをちらりと窺う。
「じゃ、改めて紹介しとくか……こいつがヤマドリ。本名はシマダタカシ。オレの同期で、いまは、しゃちほこTVのプロデューサーだ」
マイクを通さなくても響き渡る声に、全員の目がきょとんとした。
「ヤマドリって……名前じゃなく、あだ名だったんですか?」
いちばん年長の芸人が「きょとん」を代表して、おっかなびっくり尋ねた。
「はい。本名はシマダタカシです」
「こいつのシマの字は嶋大輔のシマ。オレは福島県のシマだ」
タバコに火をつけて、島田が世代間を無視した説明を加える。
「……シマダイスケ?」
「ほら、山の横に鳥を書く漢字のシマよ」
「あっ、だから、ヤマドリ!」
「なるほどぉ。随分変わった名前だなって思ってたんですよ。それで、ナットク」
芸人たちの会話のラリーに、島田は得意顔でフライドポテトを頬ばっていく。
「同期入社で同じ苗字は紛らわしいんで、ボクは東京のキー局でも名古屋でもヤマドリって呼ばれてます」
年少者へ丁寧語を続けて、ヤマドリこと嶋田孝は、運ばれてきたビールジョッキに手を伸ばした。
「ま、そんなこんなで、ヤマドリプロデューサーの上京にカンパーイ!」「カンパーイ!」
座長の島田の音頭に、6人の芸人はカラオケ以上の声量でドリンクを掲げた。
「苗字が一緒で、ふたりの名前がヒロシとタカシっすか。双子っちゅうか……わしらと同じ漫才コンビみたいっすね」
坊主頭が好奇にあふれた目でヤマドリと島田を見つめる。
「ヒロシ&タカシ……そりゃ、冴えねぇなぁ。お前らより売れねぇや」
島田がグビリとビールを空けて、唇の上に白いヒゲを作ると、カラオケがしばらく出番をなくし、テレビマンとタレントの宴は領収書任せの「ミーノー」になった。
紅一点の女芸人がヤマドリの横に座り、皆のおしゃべりを束ねていく。新参プロデューサーへの質問が話の中心だ。
なぜ、キー局を辞めて、地方局に移ったのか?ーーヤマドリは、まずそんな周囲の誤解を「ボクは系列局への出向者」と柔らかな口調で正し、「地方でどんな番組を作っているのか?」という問いには、「多くが通販番組」と答えた。
しかし、社会経験のない若い芸人たちは、「出向」というビジネス上の慣例もローカル局の番組編成も知らず、会話がいまひとつ弾まない。
「ヤマ、いま手がけてる大作ドラマのことを話してやれよ」
「……ドラマっすか?」
坊主頭が過敏に反応する。
「いやまぁ、それはピンチヒッターでね」
「ピンチヒッター?いきなりの代打ですか?」
芸能レポーターばりの女芸人が仲間の視線を熱くしたが、ヤマドリはどこからどう伝えるべきか迷い、戸惑う。今回の急な出張も「ピンチヒッター」になったためで、同期の島田と再会したのも「大作ドラマ」が理由だ。しかし、それはこの場にいるお笑いタレントには無関係で、時間を有効的に使うなら、これから合流するはずのアーティストと島田の3人で一献を傾けるべきだろう。
「しゃちほこTVが開局50周年でスペシャルドラマを創るんだよ」
ヤマドリの返答を待たずに島田が告げた。
(2/8へ続く)
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