STORY4 変態ゲームGO!GO!(2/8)

「……そう、担当のベテランプロデューサーが急に入院しちゃってね。ボクが代わりを務めることになったわけ」

ヤマドリが事実を打ち明けると、一発ギャグをウリにするモヒカン芸人が「いよっ!大プロデューサー」と、指笛を鳴らした。

「いやいや、ボクはプロデューサー補だよ」

「ホ?補欠の『ホ』っすか?」

「バカ!謙遜よ。ホームランの『ホ』でしょ!」

「ホームランで放送大賞!」

漫才めいたやりとりの中、スーツにネクタイのヤマドリは苦笑いで頭を掻いた。

接待帰りとは言え、外見や言動の真面目さは、ジャケットにアロハシャツの島田広志と同業者には見えない。

新人タレントにとってはローカル局での番組出演も大きなチャンスだ。スペシャルドラマならなおさらのこと。エキストラ程度の端役なら、俳優とお笑い芸人の境界線はなく、過当競争のお笑い界から役者業で一歩抜け出れば、ブレイクも夢ではないだろう。ヤマドリを見つめる瞳がにわかに輝き出す。

「何ていうタイトルのドラマですか?」

女芸人の問いに、ヤマドリは箸を止め、島田に視線を置いた後で題名を教えた。

「あっ……それって、根元監督のドラマですよね!」

黒縁メガネのピン芸人が興奮調でヤマドリの同意を求める。

「そうだよ。キミ、知ってるんだ?」

「はい。事務所の先輩が前に根元監督の映画に出て、いまでも根元映画(シャシン)村の人たちと親しくしてるんですよ」

「それで、お前もドラマの存在を知ってたわけだ」

島田が受け答える一方で、ヤマドリは気もそぞろになった。

話題を変えたい。酔いも回り始めている。まだマスコミ発表をしていないのに、誤ったタイトルがギョーカイで独り歩きしている……。

プロデューサー補がとりあえず伝えた「天知る地知る」は仮のもので、正式には「天知る地知るチルチルミチル」だった。その長たらしい題名も悩みのタネだ。

「まもなく、ゲストが到着するぞ!おい、ヤマ、今夜は長くなるからな」

ジャケットを脱いで、島田が高らかに宣言した。


宴が進み、遅れて来たゲストは、たどたどしい日本語ながら、持ち前の人懐こさと謙虚さで場の主役になった。

ジミーF(エフ)。半年前にCDデビューした黒人の演歌歌手だ。メーカーと所属事務所の力業(ちからわざ)もあって、ファーストシングルの「峰打ちの革命」はランキングを駆け上がり、演歌では異例のセールスを記録した。

「遅刻シタンデ、歌いマース!」

ダメージジーンズとシルバーアクセサリー、ヤンキースの野球帽を前後ろ(まえうしろ)逆に被る様は六本木の不良外国人そのものだが、ワンフレーズの歌唱でプロの実力を見せつけ、居並ぶ8人を虜にした。芸人のツッコミもプロデューサーの辛口評価もなく、間奏部で割れんばかりの拍手が沸き上がる。自分の持ち歌ではなく、「尊敬スル大先輩デス」と、演歌界の重鎮・大城戸栄(おおきどさかえ)のナンバーを選んだところも心憎い。

島田の配慮で、ジミーFはヤマドリの隣りに座り、「かけつけ1曲」の後で、乾杯したウーロン茶を飲んだ。

こうした宴席で名刺を差し出すのは無粋と心得ながら、プロデューサー補はスーツの内ポケットから名刺を出し、自らを丁寧に名乗った。その行為こそが、今晩の「ミーノー」の目的であり、島田の人脈を頼りにした結果だ。

「オー、同じ『シマダ』さんネ。マイドお世話さまデス。どもオハヨーゴザイマス!」

名刺裏の英語表記をなぞり、ジミーFは奇天烈な挨拶でお辞儀して、少年ぽい笑顔を見せた。

「ヤマドリって呼んでください。ボクの愛称ですから」

「アイショウ?」

「ニックネームです。ヤマドリは……マウンテンバードかな」

キープ時間の終了を告げるインターホンに、女芸人が「延長」を告げ、テーブルからはみ出るほどのアルコールと軽食が上乗せされた状態で「ミーノー」が続いていく。

坊主頭がアニメソングの替え歌で笑いを取り、ジミーFが天性のリズム感で即興ラップを披露する。プロの歌い手と島田のハイタッチに、ヤマドリはふたりの親密度を理解した。

「ジミーFさんに主題歌をお願いできて、ボクらのドラマは万々歳ですよ」

ヤマドリは周りの様子を気にしつつ、ジミーFに耳打ちした。それは、お世辞でも社交辞令でもない。問題が山積しているスペシャルドラマの制作過程で「いま旬アーティスト」をいち早く捕まえたことは、スポンサーへのプレゼンのためにも、視聴者へのプロモーションのためにも心強かった。

ブッキング成功の要因は、ジミーFの所属する芸能プロダクションの社長と島田広志が懇意で、病に倒れたプロデューサーの小笠原が島田の師匠格にあたること。だから、ピンチヒッターは、彼らが敷いてくれたレールに乗るだけだった。

目の前で芸人と戯れるキー局のプロデューサーを見つめ、持つべきものは同期の絆だと、ヤマドリはつかの間だけストレスフリーになる。

「ヤマドリさん、ボク、シッカリ歌うから安心ネ。ドラマ、ダイジョブ。ヒットするヨ」

事の成り行きを島田から聞いていたジミーFが、恋人ほどの距離でローカル局のプロデューサー補にウィンクした。



ペットボトルの麦茶を飲んで、ヤマドリはシングルベッドの端で眉間を強く押す。

アルコールがまだリアルに血液を巡り、体が熱く、鼓動が速まっている。「今夜は長くなる」という島田の予告どおり、「ミーノー」は夜中の3時まで続き、六本木を出てから、この渋谷のビジネスホテルまでの記憶がない。0時を回った頃に自称グラビアアイドルがやって来て、歌い、笑い、宴の合間に睡魔に襲われた。芸人の言い争う声を耳にしたが、それは現実だったか幻聴だったか。

腰の骨がきりっと痛む。

「変態ゲームGO!GO!」のせいだ。島田のバラエティ番組の余興で、「変態!」の掛け声に続く「GO!GO!」で指名された者は、何かの生き物の形態模写をしなければならない。

昨晩、それを皆でやった。ヤマドリは、ジミーFや島田のリクエストに応え、カブトムシの成虫になり、セミの抜け殻になり、過剰なサービス精神でテーブルに腰をぶつけた。



(3/8へ続く)

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