STORY2 再現ドラマカフェ(3/8)

「はい。次も出番があります」

「僕も一度観たいんですよ。今度、チケットを取ってみようかな」

「わたしに言ってくだされば、席をご用意します」

毅然とした態度で小百合は告げた。

自分が「寿限夢×2」の一員で、再現ドラマカフェの出演者であることを強くメッセージする思いで。

「一度観たい」は、けしてテレビマンの社交辞令ではない。

荒川が企画した再現ドラマカフェは、このところ、メディアでも盛んに取り上げられるようになっていた。

舞台の稽古を、一般人に飲み物を提供しながら披露する。最初はそんな軽いイベントだった。ドリンク代200円の舞台裏公開。客の目があれば役者のテンションも上がるし、来場した者も口コミで劇団の存在を拡げていく。

これが当たった。予想以上のギャラリーを得て、舞台は「公開稽古」に留まらなくなった。

まず、広告代理店が外食産業のスポンサーを見つけて「カフェ」と銘打ち、然るべき空間と飲食を用意した。200円のドリンクを軽食付きの1000円にグレードアップし、役者たちの練習着も衣装に変え、「ショー」に転じたステージで、オリジナルの芝居が演じられるようになった。

「テレビの再現ドラマみたいな生っぽさで行こうか」「同じ内容の芝居でも、演者を入れ替えてリピーターを増やそう」「1回の公演で3本ずつのオムニバスがいいな」

アイデアを次々に提案する荒川を誰も否定しなかった。劇団員にとっては、残業代の出ない仕事を上司から命じられるようなものだが、再現ドラマカフェでの芝居は演技の鍛練になったし、新作舞台の集客にダイレクトに繋がった。

「安いディナーショーみたいな感じだな。うまい商売だよ」

プロデューサーが小鼻を膨らませて、小百合の瞳を見据える。

「安いディナーショー」という表現に違和感を覚えつつも、彼女は反論せずに頷いた。

「昔から、アラカワっちゅう男はアイデアマンなんよ。そやけど、べっぴんさんのあんたがなかなか一流の女優になれんように、器用な人間が役者として大成するとは限らん。それがギョーカイの難しいとこや」

サングラスの鼻あてをおでこに乗せて、根元が目頭を中指で擦った。



再現ドラマカフェはすべて荒川の采配だった。

出演者は本番数日前に台本を渡され、少ない稽古で舞台に立つ。たった20分ほどの芝居でも、当然、商品としてのクオリティが要求され、短時間だからこそ、個人の力量がものを言う。

その新しい台本は、鉛の塊を小百合の胸にぶつけた。

「まぁ、ありふれた設定だけど、サユリちゃんが相手ならやりがいがあるわ。新人くんも頑張ってね」

池袋駅の地下にあるレストランカフェで、尾畑京子がグラスに手をかけると、入団して間もない若者は「はい!」と応えた。

砂田啓一郎。演劇の世界に憧れ、撮影スタジオでのアシスタント仕事を辞めて、「寿限夢×2」に飛び込んできた青年だ。

「砂田くんはいくつだっけ? サユリちゃんとは何歳差になるの?」

「ぼくは、来月で24です!」

通りの良い声で、若者は隣りの小百合を伺った。

「……わたしは27です」

「だったら、サユリちゃんは年上女房ね。で、私は若い男に色ボケするオバサンってわけか」

舌をペロリと出して、尾畑が傾(かし)いだイヤリングを正す。

ウエイターが3人のパスタを順々にサーブし、店内は学生食堂みたいに賑やかさを増していく。

次の再現ドラマカフェのメニューも3本。小百合たちの芝居は、そのラストだった。

若夫婦の新居に現れる、夫の元恋人。確かにありがちな設定だが、ワイドショーもどきの物語を観客は好むらしい。

それにしても……なぜ、荒川はこんな役柄を自分と妻の尾畑京子に充てたのか。劇団には他の女性だっているのに。ボロネーゼの味を感じないまま、小百合は冷たい汗をかく。こうして、尾畑と一緒にご飯を食べることさえ息苦しく、彼女が発した「やりがい」という言葉が頭の中でリフレインする。

「サユリちゃん……ところで、いま付き合っている人はいるの?」

口元をナプキンで拭いてから、尾畑は屈託のない視線を小百合に向けた。柔らかな口調に、子供を産んで社会復帰した者の勝ち組感が貼り付いている。

「いまは、いません」

「あら、美人さんなのに、もったいないわ。相手を選び過ぎてるんじゃない? 砂田くん、恋人は?」

「僕は、ずっと、いません」

「ええー! 『ずっと』は嘘でしょ。あなただって、身長があってイケメンじゃない……ほら、なんて言うんだっけ? ホソマッチョ?」

言葉を制するかたちの「とんでもない」のジェスチャーで、新人は背もたれの長い椅子に反り返った。考えをそのまま口に出来る尾畑のことをうらやましく思う反面、小百合はこのランチタイムが早く過ぎ去ることを願う。

「……だったら、ふたりでホントにつき合っちゃえば? うちの劇団は恋愛禁止だけど、芝居に活かせるなら、荒川だって黙認するはずよ」

小百合の様子を一瞥してから、砂田はまた「とんでもない」のジェスチャーで自分の立場をわきまえ、「恋愛禁止」とつぶやいた。

「そう、禁止よ。あっ、荒川と私は特別だから。でも、もう、恋愛感情はないから許してね」

尾畑の高笑いに、ウエイターが足を止めて振り返った。



(4/8へ続く)

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