STORY2 再現ドラマカフェ(5/8)
小百合は飲み物を口に含んで、即答を避ける。
「サユリが結婚すれば、家族も増えて……お父さんだって、安心なんじゃない?」
論点をすり替える姉。やはり、火の粉が降りかかってきた。
「美咲と山崎くんとは別の議題だが……そりゃ、小百合だって早く結婚するべきだ」
秀造は薄くなった髪を頭皮に撫でつけ、「どうなんだ?」の眼差しで、独り身の娘を凝視した。
「つき合ってる人はいるんでしょ?」
妹の告白を待たずに姉が訊き、母親も父親も質問に賛同する目で頷いた。「……うん……まぁね」
「いくつの人?」
「3つ年下かな」
小百合は嘘を重ねた。考える前に勝手に唇が動いた。結婚どころか、恋人のいないことを正直に言えず、笑ってごまかすことも出来ずに。
「3つ年下」は、次の再現ドラマカフェの設定で、新人の砂田の年齢だ。どうせ、ばれはしない。舞台での高梨小百合は紛れもなくその男と暮らしているーーそう開き直った。
「男が年下ってのは、どうなんだ?」
顎を擦って、秀造が少し遠慮がちに問いかける。
「いいんじゃないの。年下の旦那は最近の流行りよ。あたしみたいに、同級生ってのがいちばん中途半端」と美咲。
「その男は、何の仕事をしてるんだ?」
「え……うーん、まぁ、俳優ってとこかな」
誘導尋問に乗せられ、小さな嘘が坂道を転がり落ちていく。
「……そういや、サユリちゃんの劇団って、最近、マスコミで注目されてるよね」
いちばん冷静な口調で、山崎が顔を上げた。
「ほら、再現ドラマカフェってやつでさ」
「再現……ドラマ……カフェ?なんじゃそりゃ?私は知らんぞ。バイトか?」
「ああ、あれね。ネットのニュースで見たわ。あれって、サユリがやってるの?」
本題をすっかりないがしろにして、父親と姉夫婦がボールを次々に投げつける。
「……うん、一応、わたしも出てるけど」
「へー、すごいじゃん。ちゃんとメジャーなことやってるのね。もっとアングラな劇団だと思ってたわ……あっ、名前も出てるっ!大道ハルカ役・高梨小百合……明日が本番じゃない!」
何の邪気もなく、美咲は携帯電話を操作し、検索した情報を素早く読み取ると、表示画面を父親に向けた。そして、夫にも自分のモバイルで調べるよう、視線で指示する。
「おっとぉ、ホントだ。サユリちゃん、やるなぁ。今度、うちの新聞でも取材しようかな」
再現ドラマカフェが多くのメディアに注目されていることが、劇団ホームページの[TOPICS]にこれみよがしに記されている。それも、荒川の戦略だった。
「サユリ、近いうちにテレビにも出るんじゃない?」
「……いや、たいしたことないわ。たった20分のお芝居だし」
「食事しながら観られるのね。おもしろそう」
細かい文字を追いかけて、母親が感想を漏らすと、父親は長女の携帯電話を奪い、表示された内容を覗き見た。
「『与党と野党の火繩銃』……なんだ?政治の話か?」
「違うわ。それは、たとえよ。与党は奥さんで、野党は旦那の元恋人」
「たとえ?」
「私は平凡な主婦役で、旦那の元恋人の『野党』から攻められるのよ」
ざっくりした説明に、4人は外国語でも聞く感じで首を傾(かし)げた。無理もない。内容と題名があまりにもかけ離れている。
「与党と野党の火繩銃」「空飛ぶ空芯菜」「ソロバンは寝て待て」ーー再現ドラマカフェは、突飛なタイトルも特長で、それも集客の戦術だと荒川は劇団員に伝えていた。
「市議会の話じゃないわよ。ふたりの女が男を取り合うだけの話」
父親の興味をなくすつもりで、小百合は付け加えた。政治家どころか、火縄銃も空芯菜もソロバンも舞台には出てこない。
「おもしろそうじゃないか。山崎くん、小百合の出番は何時だ?」
ウェブサイトをスクロールする義理の息子に、父親は興奮気味に身を乗り出した。
5
寝覚めが悪い。昨晩、実家から新宿三丁目のバーに直行し、深夜に帰宅した小百合は、ビタミン剤とスタミナドリンクを胃に流し込んで自宅を出た。体が重く、肩も凝っている。
11月の半ばでも、外は汗ばむほど暖かく、本格的な冬の到来を前に、太陽が最後の頑張りを見せていた。
再現ドラマカフェ「なまじゅげむ」は、東京タワーが見下ろす国道沿いにある。かつてそこは輸入車のショールームだった場所で、ステージと客席スペースの他に役者の控室もあるため、敷地面積はかなり広い。
ストレッチをしていた尾畑が小百合の到着に気づき、砂田と一緒に駆け寄って来た。
ピンクのトレーニングウェアに花柄のカチューシャをつけ、外見は20代の劇団員のように若々しい。
「サユリちゃん、急で悪いんだけど、私たちの稽古の時間に取材が入っちゃったのよ」
「取材ですか?」
「そう。インタビューを受けるのは私だけど……記者がその後で本番観て、原稿書くんだって」
砂田が尾畑の背後に付き人っぽく立ち、不安げに小百合の反応を見つめた。
再現ドラマカフェは、オープン前にゲネプロと呼ぶ「通し稽古」を行うのが通常の流れだった。その時間に取材対応すれば、まるまる1回分の練習が消えてしまう。新人が青ざめるのももっともで、小百合にとっても由々しき事態だ。
「仕方ないですね……」
「荒川が無理矢理ブッキングしちゃったのよ。ごめんなさいね。でも、宣伝活動は大切だから」
(6/8へ続く)
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