STORY1 枯れてしまうには早すぎる(5/8)
今日に始まったことではないが、大城戸の仕切りの上手さに江頭は感心する。
記事の見出し的な語彙を並べたて、自分のペースを保ちながら、相手をヨイショする。持って生まれたエンターテイナーの才。世の中はもっとこの男・大城戸栄を評価するべきじゃないかーー江頭は大城戸の発言のひとつひとつに頷いた。
取材立ち会いの場数を踏んでいるだけあって、原島の仕事ぶりもそつがなく、ジミーFが知り得ない情報を絶妙なタイミングで解説し、進行をアシストした。
エアコンは弱冷房に設定され、アーティストふたりの喉を冷やさないよう、気温とのバランスを保っている。遮幕が夏の陽射しを閉ざしているため、スタジオは夜の教室に似た物憂げな人工光に包まれているが、大城戸とジミーFの明るさが風通しの良い空気を作っていた。
テーブルから離れた場所では、グレーのポロシャツ姿のスタジオスタッフがカメラマンと談笑している。プロのカメラマンを目指す彼らは、「スタジオマン」と呼ばれ、出入りするプロからそのノウハウを学び、即戦力の助手としてリクルートされる者も珍しくない。
そんな「スタジオマン」の一人である砂田は、カメラマンというより俳優の卵のような端正な顔立ちで、大城戸に褒められたことがよほど嬉しいのか、対談の様子をじっと見つめていた。
副編集長の「OKです」の一言で、大城戸とジミーFが緩やかに会話を止めていく。
45分の和やかな時間のうち、「センパイは、休みの日は何シテル?」と新米歌手が訊いた時だけ、ベテラン歌手は真顔になった。マネージャーは息を止めて答えを待ったが、「風の吹くまま気の向くままよ」と、寅さんの台詞がまた飛び出し、木曜定休の正体は笑いの陰に隠れてしまった。
梢(こずえ)とともにーー
新曲のフレーズを頭の片隅によぎらせて、江頭はメイク室で衣装替えの準備に入る。スケジュール表の「アーティスト休憩」時間であり、用意された撮影用の衣装を裏方たちが見繕う段取りだ。
「江頭さん、今回の写真では大城戸さんのイメージをガラリと変えたいんですよ」
スタイリストと副編集長を従えて、神門が開口一番に言った。いつもの「エトさん」ではなく、「江頭さん」と呼ばれたことに驚き、古参マネージャーは旧知の瞳を覗き込む。
「今回のスタイリストは大城戸さん専属の人ではなく、こちらで手配させてほしい」というリクエストを事前に承諾してはいたものの、「ガラリ」という言葉が引っかかった。
「……と言うと?」
隣りの原島が、江頭よりも先に尋ねた。
「アメリカの……ハリウッド俳優のイメージで、ガンマンに、あるいはMBAのプレーヤーに……」
言いながら、スタイリストがラックの衣装を長椅子にひとつずつかけていく。
「……アメリカですか?」と原島。
「はい。ジミーFの方は、ニッポンです」
神門が別のラックにある和服を点検しながら答えた。
足もとの籐かごには、重厚な刀とリボルバー式の銃、それに本物のバスケットボールが入っている。
胸の部分に「62」とプリントされたMBAのレプリカユニホームを広げて、江頭は眉をひそめた。
マイケル・ジョーダンか悪い冗談か……大城戸のLLサイズより大きなタンクトップだ。日本人のアーティストが米国人になり、黒人の歌手がニッポンの侍になる。ねらいが分からないでもないが、これではまるで「新春スターかくし芸大会」だ。
「『62』っていうのはボクの考えで……大城戸さんの年齢なんです!」
ジミーFのマネージャーがそう勝ち誇る傍らで、「ゴージャスなコスプレ」と評した原島を、スタイリストは納得のいかない面持ちで見つめ返した。
ちょうどその時、出番を待ち兼ねた大城戸が「服はどんなんだい?」と、皆の中に割って入ってきた。
神門が主役の登場をオーバーに喜び、一歩前に出て、撮影写真の意図を説明する。本来はメディアを創る副編集長の役割なのに、勢いが止まらない。
「まずは見た目のインパクトで、大御所の栄さんにガツンと革命を起こしてほしいんです。『演歌は古い』というイメージを壊したい。歌謡界の寅さんは、まだまだ枯れてしまうには早すぎますよ」
そうまくし立て、神門はパチンと指を鳴らした。
乾いた音が何かの始まりを示すみたいに部屋に響く。
「なるほどねぇ。みんな、いろいろ考えてるんだなぁ。演歌界のためにありがとよ」
ガンマンの衣装とレプリカのユニホームに触れて、大城戸は腕を組んだ。
「そうだな。俺はスポーツは苦手だから、ウエスタンの方だな。せっかくだから、銃にはホンモノの弾を込めといてくれよ」
4
真夏の太陽がアスファルトを焦がしている。
いつものカフェの2階。古参マネージャーは、早足で店に向かって来る神門を窓際席から見つけ、ふうっと息を吐いた。
大城戸栄の新曲は前作と同じ程度の販売数だったが、ジミーFはランキングの上位に食い込んでいた。アイドルやJ―POPにひけを取らない成績で、プライムミュージックの大量パブリシティが奏功した結果だった。
ウェブマガジンの対談も話題になり、「『ガンマン大城戸』……イケてましたねぇ」などとギョーカイ仲間に言われるたび、江頭は返事を濁し、頬を赤らめた。
記事の一部はポータルサイトにも配信され、月間ナンバーワンの閲覧数だったという。
しかし……PVやUUの数字がCDセールスに繋がらなかったことをどう解釈すればいいのだろう? 原島の言うように、大城戸自体の宣伝にはなったかもしれないが、曲のヒットに結びつかなければ意味がない。
それに、媒体側の不手際もあった。対談ページからジミーFのCDにはamazonへのリンク貼りがあったのに、大城戸にはなかったのだ。原島が副編集長に連絡し、ようやく修正されたのがリリースの1週間後ーー移り気なネットユーザーが大城戸の存在をすっかり忘れた頃だった。
(6/8へ続く)
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