STORY4 変態ゲームGO!GO!(8/8)

ジミーFは、チームメンバーの「変態」の催促に慌てて立ち上がり、両手で頭を抱え込むようにして廻り始めた。直径1メートルの範囲をぐるりぐるり。スタッフの哄笑が起こる。体を丸めて顔を下に向けているので、ピンク色の布団が洗濯機のドラムに操られているみたいだ。

「なに、それー?」

「泳いでんのか?」

「次、次!その後!」

チームメンバー同様、正解が分からないヤマドリも心の中でジミーFのジェスチャーを煽った。

35・30・25……デジタル数字のカウントダウンに敵陣がやんややんやの拍手を送る。

「残り20秒!」

司会者の声に、ジミーFは足を止め、その場にしゃがみ込んだ。そして、両手を床につき、斜めにジャンプする。生まれ持った身体能力の高さは、テレビカメラも驚くほどだが、回転を続けたせいで平衡感覚を失い、着地が前のめりになった。バランスを崩し、おでこが舞台装置の段差にぶつかる。

島田と神門が駆け寄ろうとするのが、後方のヤマドリから見えた。ところが、プレイヤーは何事もなかったように再び腰を落とし、両手足を使った巧みな動作で再び跳びはねた。

「わかった!わかったぞ!」

5・4・3・2・1……

「終了~!」

ボクシングのゴングに似た鐘の音(ね)で大の字で倒れ、ウェアの腹を激しく上下させる様はテレビ画(え)的においしく、バラエティ番組のゲストとして申し分ないモーションだ。

「そんじゃ、死んでるジミーは放っておいて、この変態生物の名前をボードにオン!」

生放送ばりの進行に従い、チームメンバーは自信に満ちた顔つきでペンを走らせる。

「解答、ドン!……かえる君、ひっくり蛙、黒いカエル、トノサマガエル。おっ、4人全員が『カエル』だな!」

司会者とアシスタントの間で元気を取り戻したゲストが、してやったりの表情で無邪気に手を叩く。

ジミーFの蛙跳びは見事なもので、ヤマドリは一観覧者としてホッとしながら、3枚の写真が「蛙」にどう結びつくかを考えた。

「そんじゃ……はい、答えはコレ!」

黒光りした甲殻と勇ましい角ーーカブトムシの写真がモニターに表れ、相手チームの歓声に、「はずれ」を示す間抜けな音響が重なった。

「ざんねーん。全員、アウト~!答えはカブトムシー!」

ジミーFをメガホンで小突く司会者の前で、お笑いタレントたちが椅子からずり落ちた。

「ジミー!お前、ヒントを見なかったのか?……それじゃ、解説すっからな」

真っ赤なスーツがモニターに近寄り、切り替わる画像をナビゲートしていく。

「これは『Suica』のカードだよ。カブトムシの好物はスイカだろ。次は鎧兜(よろいかぶと)。フツー、これで分かんだろ。3枚目は、そのまんま『カブトムシ』を歌ってるじゃないかっ!」

初めてヒントを知ったチームメンバーがジミーFにブーイングすると、ヤマドリは、まるで自分が糾弾された気がした。

「カイサツグチはワカッタヨ。家にカエルじゃあ、ないのー?」

「ダジャレかよっ。まぁ、スイカもそうだけどな……戦国武将が兜をカブットるがな!」

司会者の当意即妙な返しにスタジオが沸き、ゲストは拳で自分の頭を叩いた。アドリブの応酬が、さらに「おいしいシーン」を生み、充実した島田の横顔がヤマドリの目に映る。

やがて、収録は番組最後のコントコーナーに移り、ジミーFはそこでも充分な存在感を見せた。お笑いタレントのツッコミにしっかりボケて、日本語の早口言葉を珍妙にこなし、体を張ったオチで大量の小麦粉を浴びた。

ローカル局のプロデューサー補は音楽アーティストのいじられっぷりを見て、芸能界の新人がギョーカイで生き残る労苦を慮る。そして、島田の立ち居振舞いに管理部長の尖った眼差しが被さり、エンディングでカメラに手を振るジミーFに背を向けた。


スタジオから建物の外へ足を速めたヤマドリは、地下フロアの入り組んだ構造とテレビ局ならではの複雑な通路に方角を失う。

髪の生え際に脂汗が浮き出る。

道に迷いながら、神門に黙って立ち去ったことを後悔し、名古屋からメールを送らなければならないと思った。

そして、エレベーターをようやく見つけ、ボタンを押す。

「ヤマドリさぁーん!」

背中側から響きのいい声が聞こえ、猛烈な勢いでジミーFが駆けてきた。

「今日は、わざわざ、アリガトゥ!」

ヤマドリにいきなりハグして、白く汚れた顔を綻ばせる。

「ヤマドリさん……ボク、役者にもヘンタイするよ。演技、ダイジョブ。ダイジョブ」

寸座にたくさんの番組スタッフが集い、辺りが一気に騒がしくなった。

「お疲れさーん」

「また来週!」

「今晩、ミーノー、行かん?」

祭りの後のギョーカイ人たちの前で、エレベーターのデジタル表示が、音もなくゆっくりと数字を変えていく。

04…03…02……

ヤマドリには、なぜかそれが、何かの始まりを告げるカウントダウンに見えた。物事の終結ではなく、勃発への秒読み。自分の仕事の変容か、あるいは、社会全体に関わることの前触れかーー。

いまこの時……2011年1月という1並びの数字を起点と考え、鬱々とした思いを頭から追い払うとした矢先、ポンと肩を叩かれた。

振り向くと、そこに、島田がいた。



おわり

(STORY5へ続く)

⬛連作「ギョーカイ冷酷夏物語」

STORY 4「変態ゲームGO!GO!」by T.KOTAK

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