STORY4 変態ゲームGO!GO!(7/8)

声を押し殺した管理部長の迫力に、ヤマドリは気持ちを落ち着けようとソファに深く座り直した。

捏造・虚偽・断罪・横領……言葉の不穏な響きに胸の鼓動が乱れる。

「ディレクターとかプロデューサーとか、芸能界に密接している者の周りには、多かれ少なかれ、キナ臭い話がつきまとうもんだ。しかし、島田広志については状況証拠が揃っている。我々は、架空の領収書を書けないよう、手も打ってきた」

奥歯を苦々しく噛み締める様が、頬の動きから見て取れた。ヤマドリは、ショットバーで頭を下げた島田をありありと思い出し、領収書に記された「同席していない社員」に、本社勤務時代の自分の名前もあったと推測する。

「架空の領収書を書けないよう、手も打ってきた」ーーもしかすると、名古屋への出向は、島田と自分の距離を物理的に離す手段だったのでは?

信じたくない想像に膝から下の間隔がなくなる。

「とにかく、島田広志との関わり方には気をつけてくれ。キミのようなまともな社員が巻き込まれちゃいかんからな」


複数のテレビカメラと照明器具がステージを取り囲み、番組スタッフの周りで関係者が林立している。

マネージャー・ヘアメイク・スタリスト・テレビ情報誌の記者……暗がりの中、島田の背中と鳥打帽に気づいたヤマドリは、後ずさり、スタジオの端で収録に向き合った。

「今週のゲストは、演歌界の革命児だっ!」

司会者の発声で特殊効果の白煙が上がり、ステージ中央のカーテンからカウボーイルックのジミーFが現れた。

レギュラー陣の拍手を受けて、ホルダーから抜いたモデルガンの銃口に息を吹きかける。演出家の指示どおりのアクションだ。

去年の番組改編期に深夜枠からゴールデンタイムに昇格した「青いマンゴの甘い夜」ーー通称「アオマン」は、お笑い芸人のコントを中心に、クイズあり、ゲームあり、ゲストの歌唱ありの人気バラエティだ。プロデューサー島田広志の真骨頂である「テレビサイズのバカバカしさ」が若年層の支持を得て、担当の放送作家は一躍売れっ子になった。放送終了後には、インターネットの掲示板やツイッターで「アオマン」ネタが賑わい、同時間帯での視聴率ナンバーワンを記録し続けている。当然、系列局のしゃちほこTVにもネットワーク配信され、東海地区でも5指に入る人気番組になっていた。

生放送でもなく、一般の観覧客もいないので、どこかのんびりした雰囲気だが、台本のメリハリとスタッフの快活な動きで、収録がスムーズに進んでいく。

やがて、オンタイムで番組中盤のコーナーが終わり、収録を仕切るADがスタジオ全体に休憩を告げた。

そして、すべての照明が点き、大道具と美術スタッフが舞台のセット替えを始めると、島田がめざとくヤマドリの姿に気づいた。

「ヤマ、帰る前によく来てくれたな。ジミーはこの後の番組後半で出ずっぱりだから期待してくれよ」

足もとに置かれた出張用のバッグを見て、島田がしたり顔で微笑むと、遠くでスタッフと話していた神門もペコリと頭を下げた。

ほどなくして、スタジオが収録の再開に向かってまとまり出し、カメラマンや照明担当が持ち場についていく。


「ヤッ、ヤッ、ヤー!お待たせぇ!さぁ、今週もはっちゃけて行こうぜぇ!変態ゲームGO!GO!だー」

上下真っ赤なスーツに衣裳チェンジした司会者が、アシスタントとの決めポーズでコーナーを宣言し、マーチング・マーチに併せて、舞台の上手と下手から出演者が入場してくる。チームごとにお揃いのジャージを着て、全員が素足のスタイルだ。

ヤマドリは休憩前と同じ場所に立ち、15メートルほど前方のジミーFを見つめた。

体のサイズより小さめなショッキングピンクのウェアが、黒い肌を目立たせている。

「ゲームのルールは分かってるな。昆虫・爬虫類・魚類……何かの生き物が変態する姿をプレイヤーが演じ、それをチームメンバーが時間内に当てる!題してぇ……」

「ヘ・ン・タ・イ、ゲーム」

「GO!GO!」

アシスタントのわざとらしい恥じらいのコールを受けて、お笑い芸人たちがタイトルを叫んだ。ホイッスルを口元に寄せた司会者が、もう一方の手でメガホンをぐるぐる回す。

「んじゃ、今日はピンクマンゴチームからだ。さーいしょの変態者(ヘンタイモノ)はぁ……こいつだっ!」

スピーカーのサウンドにジミーFが反応し、ヤマドリも立ち位置を少しだけ移した。

前後左右に動くテレビカメラが視界をたまに遮るだけで、出演者の細かな所作までリアルに分かる。

照明に目を細めながら、ローカル局のプロデューサー補はゲストの出番がいちばん最初なことに驚いた。視聴者の予想を裏切っていく島田らしいやり方だと、同業者のメソッドに感心しつつ、ふと、管理部長の言葉がよぎる。

「島田との関わり方には気をつけてくれ」

下腹とつま先に力を入れて、ステージを見つめた。

「ジミーFが変態する生き物のヒントはこれっ!」

変態者側のチーム4人が横一列に座り、背後のモニターに3枚の写真が映し出された。

1枚目は改札機にあてられたカード。2枚目は戦国武将。3枚目は歌唱中の女性アーティスト。

相手チームのメンバーが得心した声を漏らし、隣り同士で顔を合わせて微笑んだ。

一方、解答を理解しなければならないジミーFは唇を尖らせ、「分かったかー?」という味方チームの呼びかけに、腕を拡げて肩を上げ下げした。音声マイクがチームリーダーの落胆のため息を拾う。

「……さ、それじゃ、写真をヒントにして、その生き物の変態していく様を60秒のジェスチャーで」

「ヘ・ン・タ・イ、ゲーム」

「GO!GO!」

ホイッスルの響鳴とともに、番組セットの電飾板が数字のカウントを始め、ステージの真ん中でジミーFが身構えた。

まず、うつぶせになり、下半身を左右に振ってみたものの、体全体がくねってしまい、腕立て伏せの姿勢で同じ動きを試みる。

「わかんねーぞー」

「次、次!」



(8/8へ続く)

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