STORY4 変態ゲームGO!GO!(6/8)

帽子の傾きを正した神門の隣りで、社長の福井が島田にアイコンタクトした。

「……ヤマ、実はな、ひとつ相談事があるんだよ」

「相談というか、お願いです」

島田の切り出しに、福井がコーヒーカップの飲み口を親指の腹でなぞりながら加え、神門は前屈みの姿勢を正した。

「お前の……嶋田孝プロデューサーの記念すべきスペシャルドラマに、ゲスト扱いでジミーFさんを出演させてほしいんだ。歌だけじゃなく、本人をさ」

ヤマドリは驚きを隠せず、同期を凝視した。

冗談だろう?……ジミーFという固有名詞は誰か他の俳優の間違いではないか。

社長の福井が下唇を軽く噛んで、小さく2度頷く。無茶なリクエストを神門も心得ているようで、島田の言葉を足しも引きもせず、じっと動かずにいる。

沈黙が続き、テーブルの携帯も息を潜めた。

「……『天知る地知る』に、ですか?」

ようやく、プロデューサー補であるヤマドリが発する。

「はい。ヤマドリさんの今回のドラマで、ぜひ、うちの売り出し中の歌手を役者として使っていただきたい」

「……ジミーには芝居もやらせたいんです。アーティストとしての表現力も拡がりますし。実際、奴には芝居のセンスもあります」

社長の主張を受けて、神門が内緒話を打ち明ける感じで声のトーンを低めた。

「人気者のジミーさんが歌だけじゃなくドラマにも出れば、そりゃ盛り上がるよなぁ」

大きなくしゃみをひとつしてから島田が続き、ヤマドリの肩に手をかけた。

「もし、キー局の島田プロデューサーだったら、OKですか?」と福井。

「もちろんですよ。お断りする理由がない」

「さすが、ヒットメーカーだ!」

ヤマドリは勝手に進んでいく会話を追いかけて、これはバラエティ番組のドッキリコーナーではないかと思う。部屋のどこかに隠しカメラがあって、まもなく仕掛人が現れるのでは?

「セリフがふたつ以上あるとありがたいな」

獲物を捉える眼光で、鳥打帽の神門が敬語を使わずに言った。



大学受験で浪人し、学生時代に1年間の留学経験のある島田は、同期社員のうちでいちばん生まれ年が早かった。それもあり、ヤマドリのような「草食系テレビマン」にとっての島田は、ライバルというより兄貴的存在で、リーダーシップを持つ貴重な人材だった。実際、働きやすい環境や貴重な情報を仲間にもたらし、どんな相談事にも親身になって応えた。

だから、福井たちとの会食後に島田とショットバーに寄り、大御所タレントへの説得方法を決められたことは、ヤマドリにとって当然の結果であり、東京出張のいちばんの収穫になった。

「ジミーFの出演も何とか実現化してくれ」と頭を下げられたのには心底まいったが、監督の根元もキャスティングの追加を望んでいるし、もはや、ひとりもふたりも変わらないだろう。プロデューサー補は酔い任せで気持ちを大きくした。

「明日、俺の番組の収録があってな。そこにジミーFが出るんだよ。観に来てくれよ」

ヤマドリは島田にそう言われ、0時過ぎにホテルに帰って熟睡した。酒が入っていなければ、眠れない夜を過ごしたはずだが、疲労が悩み事を上回り、7時間も体を休めることが出来た。

ーー夢を見たのは明け方だろうか。

巨大な水槽に土が盛られ、そこにカブトムシの蛹がいた。オレンジ色の体を横たえ、角を二股に伸ばしている。ガラスを叩いてみたが、ピクリともしない。誰に促されるともなく、それをケースから取り出し、ドライヤーの風をあてた。すると、蛹は次第に白くなり、羽化と同時に体を黒色に染めた。そうしてやがて、人差し指ほどの成虫へ変態し、掌の上でもぞもぞ動き始めた。

ヤマドリはその感触が残る自分の手を見つめた。

複雑に交錯する掌紋は歳とともにかたちを変え、昔よりも縮んだ気がした。


名古屋に戻る日だが、今日も慌ただしいスケジュールだ。

本社の経営管理部からの「呼び出し」を済ませた後は、地下フロアの収録スタジオで島田の番組を観覧し、それから、池袋で根元に会う。東京駅から「のぞみ」に乗れば、さほど遅くない時間にオフィスに着くはずだ。


「名古屋で頑張ってくれてるな。いやはや、ご苦労様」

定年間近の管理部長が、応接室のソファにヤマドリを座らせた。

3年前に出向辞令があった部屋だ。

デコラティブな灰皿も、デジタル表示の置き時計も、チェストの上の記念盾も変わらない。花瓶に生けられた季節の花だけが時間の経過を知らせている。

「スペシャルドラマをプロデュースしてるって聞いたぞ」

「はい。小笠原さんが年末に倒れてしまったので、急遽、大役を仰せつかってしまい……」

管理部長は目を閉じて耳を傾けた。ローカル局に転籍した同僚の病状は、ヤマドリの説明がなくても知悉している。

「そんな最中(さなか)に……出張中の忙しい時間に呼び出して申し訳ない」

「いえ、構いません。たまには顔を出さないと」

「そうだな。キミは紛れもなくうちの社員だからな。こっちでは誰かに会ったか?」

ヤマドリは、「誰か」がキー局の者を指すことを悟り、昨日も一昨日も島田に会ったことを伝えた。

「今回のドラマ制作は彼の人脈に助けられています」

同期の存在を誇らしげに語るヤマドリに、管理部長は右の眉をピクリと動かした。

暖房の効いた部屋は静寂に包まれ、真冬の暗い空がガラスにのっぺり張り付いている。

「……その島田広志のことなんだが、我が社のコンプライアンスに関わることだから、心して聞いてくれ。もちろん、他言は無用だ」

怪談話でも披露するかの前置きに、ヤマドリは唾を飲んだ。

「……島田広志は、タレント事務所から裏金を貰っているようなんだ。自分の番組に出演させた見返りに結構な額を懐に入れている。そんな話、キミも聞いたことがないかね?」

出向者は言葉を失い、聞き取った単語を反復しつつ相手を正視した。突き出た頬骨と無駄肉のない体躯が不正と対峙し、鋭く尖った目に真実の追求が宿っている。

「彼とはふたりだけで会ったのかい?」

「あ……はい」

「そうか、君たちは同期だもんな。でも、島田広志の仕事や人脈をあまりアテにしない方がいいぞ」

さりげない尋問に、ヤマドリは咄嗟に嘘をついた。偽るつもりはなかったが、反射的に当たり障りのない答えを選んだ。

「それって……あくまでも、噂ですよね?」

恐る恐る言葉を返した。敏腕プロデューサーを陥れようとしている者がギョーカイで暗躍しているのではないか?

「いや、限りなくクロに近い。接待費の領収書なんかも捏造することが多く、ずっと前から我々はマークしているんだ」

「捏造?」

「空の領収書にありもしない金額を書き込み、経理部への明細には同席していない社員の名前を記している。かなりの額だ。悪辣な虚偽で、断罪すべき横領だよ」



(6/8へ続く)

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