連作短篇集「ギョーカイ冷酷夏物語」

トオルKOTAK

STORY1 枯れてしまうには早すぎる(1/8)


「エトさん、いまやアーティストは映像で勝負する時代ですよ」

背中を丸めた江頭(えがしら)順平に、年下の神門(かんど)ヒロキがYouTubeを開いて囁く。

江頭はギョーカイ村の古くからの住人で、神門は新参者だ。

同じ干支でひと回りの年の差だが、風貌と物事への価値観は年齢以上の隔たりがある。

スマートフォンの中で、スパンコールのジャケットを着たアフリカ系アメリカ人がマイクを構えた。

新着のプロモーションビデオだ。

歌唱の始まりで着流し姿のアーティストが日本刀をかざす。殺陣。ぼたん雪。港町……映像がカットを複雑に重ねる一方で、メロディは4分4拍子の単純な音符を紡いでいく。

「なかなかいいでしょ?」

出し惜しむ様子で、神門は再生を止めて、顎を上げた。

イブニングタイムにビールバーになるカフェの2階で、ふたりは頭を突き合わせている。たくらみを周囲に漏らさないよう、声を潜めて。

「黒人が演歌?」

「はい。ジャパニーズソウルですよ。僕らは演歌をそう呼んでいます。ジミーは……このアーティストは、来月、うちからデビューするんです」

帽子のつばを右手でちょっとだけ下げて、神門は後ろ髪をもう一方の手で梳いた。タータンチェックの鳥打帽とアロハシャツ。江頭には、ギョーカイ村で大手を振るい始めたこの住人が、飛ぶ鳥どころか飛行機まで落とすスナイパーに見える。眼光の鋭さは、音楽関係者というよりも株の仕手筋みたいだ。

「日本語で?」

「ええ。サビの部分だけ英語です。ジャパニーズソウル……新しいでしょ」

右の頬でひっそり笑い、ギョーカイの新参者は「うん、新しい」と自分の言葉に頷いた。

窓ガラス越しのプラットホームを一瞥してから、江頭は神門の名刺に視線を落とした。

前回は本部長だった肩書きが専務取締役になり、会社名の横にCDレーベルのロゴが刷られている。

ふたりの密会は今日が2度目だが、「名刺が変わりまして」と差し出してきた神門に、江頭は30年も変わらぬ名刺を、挨拶の成り行きでもう一度渡した。

「エトさん……大城戸栄(おおきどさかえ)さんは、日本の黒船になりますよ!」

革カバーのシステム手帳を取り出した神門が、急に目力を込めて言い、万年筆のキャップを開ける。

「クロフネ?」

「アメリカデビューですよ。ジャパニーズソウル……ニッポンの演歌は、パフォーマンスさえ伴えば海を越えられる。そう思いませんか?」

返事を保留にしたまま、江頭は冷めたコーヒーと一緒に「アメリカ」「パフォーマンス」という音(おん)を飲み込み、テーブルに置かれた自分の名刺を逆さまから見つめる。

大城戸栄 担当 江頭順平

明朝体の漢字を縦書きで並べたそれがとても古臭いものに映り、次に名刺を作る時は、「担当」を「マネージャー」にしてもらおうと思う。

スナイパーの目論みどおり、アメリカに進出すれば、英語表記も必要だろうーー順平の「じゅん」はJYUNか、JUNか。3本目のラークに火を点した神門を置き去りに、そんな瑣末な疑問を思い浮かべた。

「栄(さかえ)さんがうちに移籍すれば、紅白出場なんて楽勝ですよ。なんてたって、いまの演歌界で、いちばんビジュアルパワーがありますからね。若い連中がSNSでガンガン広めれば、曲は必ずヒットする」

「……まぁ、大城戸はノリがいいからね。最近は曲に恵まれないだけで」

マネジャーは長年連れ添うパートナーを過剰にならない程度に擁護した。

「そう、そのとおり! 栄さんもエトさんも、このギョーカイで枯れてしまうには早すぎる」


レコーディングスタジオのコントロールルーム(調整室)で、江頭はソファに座り、カラー刷りのチラシを眺めた。別れ際に神門からもらったもので、大仰なキャッチコピーが侍に紛した黒人歌手を取り囲んでいる。

[演歌界にレボリューション! これがジャパニーズソウルだ! 7月3日、ついにデビュー!]

CDメーカーの鼻息が感嘆符の連発に表れ、楽曲名の「峰打ちの革命」は、ギョーカイへの果たし状のようだ。作詞も作曲も知らない人物によるもので、特に作曲者は、演歌の作り手らしからぬカタカナ名だった。

「弦のおふたり、入りまーす」

防音扉を開けた原島(はらしま)真也のアナウンスで、エンジニアはミキシング・コンソールのスイッチを動かし、バイオリンを持った女性たちがガラス越しに目礼する。

「よしよし、オンタイム、オンタイム」

江頭の隣りに腰を下ろした原島が、ダンガリーシャツの袖を捲りながら言う。

「CD」ではなく、「レコード会社」と呼ぶべき老舗メーカーに勤める原島は、この春に管理職になったばかりだが、大城戸栄のアーティスト担当として、もう8年になる。働き盛りのエネルギーを仕事の責任と自負に転化させる一方、職業柄のせいか、ひどくせっかちで、今日はいつにも増してピリピリしている。

「弦2本だもんなぁ。予算ギリギリですよ」

太めな体をソファに預けて、気心知れたマネージャーの江頭に下唇を突き出した。

「ハラちゃんさぁ、いい音を創るのに、カネの話はNGだぜよ」

どこの方言ともつかない口ぶりで、江頭は小さな反駁を試みた。たしかに、曲の間奏部でストリングスを入れたいと言ったのは大城戸本人だ。編曲者に急きょ譜面を起こしてもらい、ミックスダウンの遅れをメーカー側が快く思わないのも分かる。

「バジェットがもともと減ったからしょうがないですけど……でも、今晩のスタジオ使用は2時間だけ。延長はいっさいナシ!」

そう釘刺す原島に、糠(ぬか)になった江頭が「了解了解。ま、そんなにカリカリしないでいこうや」と切り返した。



(2/8へ続く)

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