STORY2 再現ドラマカフェ(6/8)
自分も被害者だといったふうに、尾畑は口を尖らせ、ウェアのジッパーを喉元まで締め上げた。自信に満ちた表情は、インタビュアーの来訪を待ち望んでいるようにも見える。
やがて、荒川の指示でゲネプロが始まり、最初の演目の出演者が観客役の劇団員たちに一礼した。
ステージがライトアップし、「空飛ぶ空芯菜」が本番同様に演じられていく。
いまこの時間に尾畑が取材を受ければ、3本目となる自分たちの稽古も可能ではないか? 記者のスケジュールが合わないなら、空芯菜と火繩銃の順番を入れ替えればよかったのでは?ーー誰もが考えつく解決策を胸に留めて、小百合は役者の動きを追いかけた。
そうして、2本目のゲネプロが終わると、尾畑のモバイルが着信ランプを点滅させた。
「記者が着いたわ。サユリちゃんも砂田くんも同席してくれない? その方がいいわ」
「ぼ、ぼくもですか?」
「あなたは何もしゃべらなくて大丈夫。新人くんのマスコミへの『顔見せ』よ」
開場まで、あと60分ほど。
ゲネプロがひとつなくなり、予定外の空き時間を得たスタッフがロビーでのんびりするのを尻目に、尾畑と小百合と砂田の3人は控室でインタビュアーに対峙した。
「再現ドラマというだけあって、リアルさや生々しさが求められると思いますが、演じる時に気をつけていらっしゃることはありますか?」
「シアターでの本公演も、ここでのリアルな芝居も同じよ。当たり前の答えだけど、要は、役柄をどう心身に乗り移らせるかね」
週刊誌の女性記者はICレコーダーの内蔵マイクを尾畑に向け、もう一方の手でペンを走らせている。テーブルがないため、取材ノートを腿の上に乗せ、相手の発言を書き連ねていく。傍(はた)から見れば窮屈そうだが、そうしたスタイルもジャーナリストにとっては日常なのだろう。「レコーダーを持ちます」と申し出た小百合に、記者は丁重な断りを入れて質問を続けた。
「どれくらいの稽古をこなして本番を迎えるのですか?」
「今日みたいに1回だけの時もあるわ。多くて3回ね」
「……1回だけ、ですか?」
驚きを隠せない記者と目が合った小百合は、尾畑の背中側から肯定する意思で頷いてみせた。
「高梨さんは、劇団に入られて、どれくらいですか?」
再現ドラマカフェの仕組みとベテラン女優の人となりを聞き終えた後で、記者はいきなりそう問いかけ、レコーダーを尾畑の肩越しから小百合に向けた。
「わたしは7年目です」
「学校を出て、そのまま演劇の世界に入ったんですね?」
年齢を推測して、記者が問いを重ねる。
学校を出て7年。高卒なら25歳、大卒なら29歳だ。しかし、小百合は短大出の劇団入りで、どちらでもなかった。インタビュアーは、役者それぞれの人生に興味を示し、たとえば、会社勤めを経て演劇の世界に入ったのか、社会に出ずに女優の夢を追いかけているのかを気にするようだった。
尾畑が小百合と砂田を手招き、ふたつのパイプ椅子がマスコミに近づく。
「7年にもなる高梨が、うちの看板にならないとダメなのよ」
座長の妻の主張で、記者は改めて高梨小百合を見つめた。
尾畑の言う「ダメ」が、自分のことか劇団のことかが分からないまま、小百合は愛想笑いで取り繕う。
「今年で27でしょ。私がその歳の時は、舞台で主役やって、テレビにも出てたわ」
「ええっと……尾畑さんはご結婚前に、私どもの雑誌にも連載してらしたんですよね?」
「そうよ。あの頃は私も結構売れてたの。結婚なんて、無駄にするもんじゃないわね」
略歴を確認していく相手に、尾畑は落ち着き払った調子で応え、ジャージの汚れを掌で隠した。
「一流の女優さんって、努力でなれるものですか?それとも才能ですか?」
スマートフォンで時刻を確認してから、記者は獲物を追いかける目で尋ねた。作動中のレコーダーが結論をせっかちに待っている。
「それは、いい質問ね……ニューフェイスの砂田くんはどう思う?」
「……女優のことは分かりませんが、男は……俳優は、努力かなと思います」
「あら、そう。じゃ、次期看板女優の高梨小百合さんは?」
フルネームで呼ばれたよそよそしさに不意を突かれ、小百合は質問を頭の中で反復した。
女優になるための努力と才能ーー。
「わたしも……才能より努力だと思います」
「そんな優等生の答えだから、あなたはダメなのよ!」
急に尾畑が声を荒げた。
まるで演技の失敗を咎めるような激しさだった。
「こういう時、高梨小百合だったら、『女優の条件は美貌です!』って言うものよ。あなたは美人に生まれたんだから、それをウリにしないでどうするの?」
言葉を失くした小百合に、「高梨さんはとてもきれいですよね」と、記者が慌てて追従する。
「でも……本当はね、女優に必要なのは、才能でも努力でもルックスの良さでもないわ」
テンションを戻して、尾畑は続けた。
「タイミングよ。タイミング。時代との出会い、人との出会い、良い役柄との出会い」
「つまり、運の要素が強い、と?」
「『運も実力のうち』なんて言葉はあてにならないけど……とにかく、高梨小百合は運がないの。タイミングに恵まれない。一生懸命、舞台に立っているのは分かるけど……さて、砂田くんはどうなるかしらね」
先輩女優の乾いた笑いに、小百合は荒川との夜をありありと思い出し、目をつむって下腹に力を入れた。
(7/8へ続く)
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