STORY4 変態ゲームGO!GO!(4/8)
「もしもし」
「島田でーす。ヤマ、昨日はお疲れ!もう仕事か?」
丑三つ(うしみつ)時まで痛飲した者とは思えない溌剌とした声。ヤマドリは昨晩のお礼を言った後、虎ノ門にあるメーカーにドラマのDVD化交渉に向かう途中だと伝えた。
「そうか、コンテンツの2次セールスは必須だよな。売上げをそこでどれだけ見込めるかだ。番販も手広くやっとくべきだぞ」
自宅からの電話だろう。テレビの音声を背後に、島田は上司よろしく、ヤマドリにアドバイスを送った。プロデューサー業の先輩だけあって、的確な助言だ。
「ところで、今晩の福井社長とお前の会食だけどな……俺も同席するよ」
思いがけない申し出に、ヤマドリの反応が遅れる。
「ヤマ……ほら、俺たちには大御所の出演交渉も残ってるだろ。それも打ち合わせなきゃな。今晩もお前のドラマ仕事に付き合うぜ」
3
ハードな出張が、せめてこの季節で良かった。そうポジティブに考えて、ヤマドリは帰宅ラッシュの改札を抜けた。一日歩いてもワイシャツが汗まみれにならず、気温は名古屋より低いものの、マフラーや手袋が必要なほどではない。
昼間のスケジュールを何とかこなした。
DVDメーカーの担当者は「キャストを見てから上の者と相談します」と姑息にはぐらかし、スカイツリーのそばのロケ地は脚本のイメージとかけ離れていた。そして、根元とはまだ連絡が取れずにいる。
体が重い。睡眠不足と精神的な疲労のせいだ。
コンコースに並ぶ駅貼りポスターの中に「世界の昆虫展」があった。実写かイラストか、奇怪な形状のカブトムシが黒光りした甲冑を歩行者に向けている。
幼虫から蛹へ、蛹から成虫へ。時間とともにドラマチックに容姿を変えていく昆虫を、ヤマドリは羨ましく思う。「変態」どころか、まだ孵れない「天知る地知るチルチルミチル」は、いったい、どんな羽で飛び立っていくのか。いや、はたして、成長出来るのか……。
底のないため息をついて、恵比寿の路地を独り歩いた。
「お連れ様がお見えになっています」
割烹着の店員が穏やかな笑みでヤマドリを迎えた。
約束の5分前とは言え、ホストの自分がゲストより遅れるのは失礼だ。「お連れ様」が島田だけであることを願いつつ、奥まった個室へ向かう。
「おう、ヤマ!」
4人掛けのテーブル席で、手を挙げた島田の正面にふたりの男が座り、ひとりはストライプのシャツに幅広のネクタイ、もうひとりは黒革のジャンパーに鳥打帽を被っていた。社長と島田と自分の3人の会食と考えていたヤマドリは、彼らの空間に入ることを一瞬ためらう。
「……遅れまして、申し訳ありません」
一拍置いて、深々と頭を下げた。
「いや、我々が早く着いたんだよ。別の場所で一緒に打ち合わせてたからさ」
島田がにこやかに告げる。
「はじめまして、プライムミュージックの神門(かんど)です」
まず、鳥打帽の男が席を立ち、右手を差し出した。
「こちら、専務の神門ヒロキさんだ。ご予約1名追加ってことで……あっ、俺も入れて2名か」
「プライムレボリューションとプライムミュージック代表の福井です。今日はわざわざどうも」
「こちらこそ……お忙しいなか、お時間をありがとうございます。しゃちほこTVの嶋田と申します」
「ヤマドリさんですね。ご活躍の様子は島田プロデューサーから伺ってますよ」
ヒゲを薄く生やした社長が、バリトン調の声で部下より力強くヤマドリの手を握った。
握手に上下関係の順番はないのか?人数が倍に増えて接待費は大丈夫か?ーーそんな些細なことがホストの頭をかすめる。
すぐさま、4つのグラスが運ばれ、福井が名刺を胸ポケットにしまい、島田がタバコに火をつけた。
「まずは、ビールでいこう……それから、俺たちはみんな喫煙者だからさ。よろしく!」
いたずらっ子の目で島田が隣りのヤマドリに語りかけ、乾杯の発声をする。それぞれがそれぞれの量のビールを含み、一日の仕事はこの一口のためにあるのだといったふうに、グラスがプラスチック製のコースターに落ち着く。
「僕もヤマドリさんって呼んでいいですか?」
鳥打帽の男が名刺から目線を起こして尋ねた。
「ええ、それでお願いします。ボクは山の脇に鳥の『嶋』ですから」
「同じ苗字を同期入社させるなんて、アホな会社ですよ。紛らわしいったらありゃしない」
同期の言葉に被せて、お通しを箸でつまみながら、島田が豪快に笑った。
「ヤマドリさん……地方局が大作ドラマを制作するのは珍しいんじゃないですか?」
コース料理の前菜がテーブルに並んだところで、早速、福井が仕事絡みの話を持ち出す。
「ええ。ご存じのように、今年は開局50年ということで、僕らも身の丈以上に頑張ってまして……」
「地方発信の時代ですからね。期待してますよ。B1グランプリだって、ゆるキャラだって、主役はみんな地方でしょ。私はローカルパワーに注目してるんです」
ビールで舌先を濡らした社長は、専務を一瞥してから、自分の発言にゆっくり頷いてみせた。
(5/8へ続く)
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