STORY4 変態ゲームGO!GO!(5/8)

プライムレボリューションは、CDメーカーであるプライムミュージックのアーティスト・マネジメント会社だ。福井は双方の会社の代表取締役を務め、鳥打帽の神門はミュージック側の専務取締役だった。

「福井社長にそう言ってもらえると、ヤマドリも出向している甲斐がありますよ」

同期社員の心情を代弁するかたちで島田が言い、空いた皿を片づける店員に純米酒を注文した。

「北海道のローカル局なんかも独自のバラエティやドラマで頑張ってますよね。DVDも結構売れています」

神門が年長者たちの小皿に醤油を挿しながら口を開いた。帽子を脱がず、いかにもギョーカイ人といった身なりで、時折、ふたりのテレビマンを値踏みする視線を投げかける。

「でも、ホントに苦しいですよ、ローカルは。地デジ化の莫大な設備投資を未だに回収できていないところもある。うちも毎年カツカツです」

「いやいや、しゃちほこTVさんは強力なキー局がバックについてるし、ヤマドリさんみたいな優秀な助っ人もいるから安心でしょう」

「ヤマドリさんは、いつ、東京に戻ってくるんですか?」

社長の美辞麗句に、神門が間髪入れずに言葉を重ねた。

「……どうでしょう……異動は僕が決めることではないので」

出向者は口ごもり、場の空気をごまかす感じで水のグラスに手をかけた。昨晩飲み過ぎたせいで、酒が進まず、料理を嗜む箸も遅い。社長の福井を接待する役回りだが、飛び入り参加のギョーカイ人にペースを乱されている。

「今回の僕らのドラマはジミーFさんに主題歌を受け持っていただいて光栄です」

話題を替えるつもりで、何よりも先に伝えなければいけないことをストレートに告げた。

「こちらこそ、良い機会をいただいて感謝感激ですよ。こいつが手塩にかけて育てているジミーFは、今年が勝負ですから」

福井は経営者ならではの貫禄で胸を張り、鼻息の荒さを抑える調子で空気を吸い込んだ。それから、テレビマンのおちょこに熱燗の酒を注(つ)いでいく。

「昨日の夜もジミーがおふたりにお世話になったようで……」

上目遣いの神門の眼差しに、ヤマドリの携帯がテーブルの端でブルッと震えた。

「根元監督」の表示に、持ち主は急いでそれを掴み、中座の非礼を身振りで示した。


「根元さん、すみません!連絡が遅れまして」

携帯を左の耳にぴったりつけて、何よりもまず、ヤマドリは早口で詫びた。

店内に通話を遮るものはないが、人目につかない場所を目指して建物の外に出る。

一方通行の細道を街灯が物憂げに照らし、駅の方角から吹きつける風が携帯と反対側の頬にまともに当たった。

「ドラマに起用したい新人がおるんで、脚本を少し手直ししたいんや」

低くしゃがれた声で用件を述べた根元に、ヤマドリは「あの、それは、その」と、しどろもどろになった。

どちらかの電波状態が悪く、音声が聴き取りづらい。

「まだ東京におるんやろ?話は、明日の午後、池袋のサンシャインでどうや」

根元は相手のスケジュールを確認せずに「後で場所をメールしとくわ」と、電話を切った。

店に入っていく熟年カップルを追いかけるように、ヤマドリも引き戸を開け、個室に戻る前にトイレへ向かう。

「脚本の少しの手直し」は、おそらくかなりの書き換え要求だろう。エキストラ程度のキャスティングなら、わざわざ会うことまで望まないはず。

「変態!」「GO!GO!」

化粧鏡の前で、昨晩の喧騒が甦り、微醺(びくん)を帯びた頬が熱を上げた。そして、帰社後の会議をキャンセルするため、部下のパソコンに携帯からメールを送った。


ヤマドリの姿に気づいた神門が、テーブルの中央に寄せていた頭を戻して、愛想笑いを繕う。

「おかえり……電話、大丈夫か?」

たばこを揉み消し、島田が神門と同じ類(たぐい)の表情を向けた。不在の間に3人が密談し、慌てて何かを隠した空気が漂っている。

「……福井社長のお嬢さんが、来月、高校受験だそうでな」

ヤマドリにお銚子を傾けて、島田が唐突に語りかけた。落ち着き払った口ぶりも、話題の急転換を示している。

「お前の娘さんも、いま中学生だろ?」

「勉強は全然ダメで、毎日、部活ばっかりですよ」

ゲストふたりに裏表なく告白する父親の横で、店員が炊きたての白飯とお新香をサーブしていき、「この後はデザートになります」と一礼する。メイン料理のリブロースステーキの一片が、熱を失くしたかたちでヤマドリの前に残された。

「ご家族で名古屋にいらっしゃるそうですね」

少しの間を置いて、福井が口を開く。

「えっ……単身赴任じゃないんですか?じゃあ、東京にまたみんなで引越さないといけませんね」

言葉とともに、神門が初対面の出向者をまじまじと見つめた。社長の福井と違い、キー局こそがメディアの中心と考え、ローカル局を軽んじる姿勢が言動の節々に表れている。

ヤマドリが家族の話をうやむやにして、社長と専務に別の話題を振ると、やがて、酒の肴はヒット中の日本映画の話になり、芸能界の都市伝説へ移っていった。

「YouTubeなんかでPVが一般人に普通に見られるようになったのは、音楽ギョーカイにとってプラスなんじゃないですか?」

デザートのバニラアイスをスプーンで掬って、島田が訊いた。

「そう……でも、そのせいもあって、アーティスト間の格差が拡がりましたよ」

「格差、ですか?」とヤマドリ。

「宣伝予算のあるアーティストはしっかりした映像を創れますが、負け組はそうじゃない。いまや、アーティストは映像で勝負する時代で、僕らはそこに注力しています」



(6/8へ続く)

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