STORY6 愛を見てきた(4/8)

言った後で、キャップのつばを下げて、エフが口をすぼめる。

「エフは『天知る地知る』の集まりに行くんだろ?」

会話の途絶えたテーブルで、砂田は話題を変えた。

「天知る地知る」は、ふたりが出演したドラマだ。正しくは「天知る地知るチルチルミチル」。再来週、そのDVD発売記念のパーティが銀座のホテルで開かれる。いわば、キャストとスタッフの同窓会であり、震災を経て創ったドラマの労苦を思えば、戦友会というべきものだった。

「その日は地方キャンペーンがあって行けないんだ。ケイは行くんだろ?カントクやみんなによろしく伝えてよ」

無念そうに頬杖をつく相手に、ようやく、砂田は安曇野サオリと写真週刊誌のことを話し、出席に後ろ向きな思いを吐露した。

「そうか……ニッポン語で、そういうの、なんて言うんだっけ?ヌルギ?ヌレギイヌ?……いんちきレポートだな。でも、ケイはみんなに会うべきだ。なんてたって、あのドラマはキミのスタートラインだろ」



「出演依頼があったときの心境は?」「監督の演技指導は厳しかった?」「震災がドラマに与えた影響は?」

ホテル1階のカフェで、砂田は矢継ぎ早の質問に答えていく。

インタビュアーは内藤と名乗る映画ジャーナリストで、DVDのプロモーションサイトのために出演者のコメントを集めているという。

写真週刊誌が世に出て10日。

マスコミ関係者に会いたくはないが、お世話になったドラマの取材に、砂田はノーと言えなかった。

いかにもモノ書き風情の内藤は、シャツのボタンを喉元まできっちり留め、眼鏡の蔓(つる)にときどき手をかけながらメモを取っている。

「天知る地知るチルチルミチル」の出演は、砂田啓一郎がスターライト・プロモーションに所属する前なので、今日のスケジュールはオフ扱いで、隣りに座るべきマネージャーが不在のまま、1対1のインタビューが続いた。

内藤が筆記する合間に、砂田はiPhoneのデジタル数字を見る。あと15分ほどで「戦友会」が始まってしまう。地下フロアの会場に遅れるわけにはいかない。

「最後の質問。砂田啓一郎が考える、俳優の条件は?」

予想外の問いに、砂田は表情を強張らせた。

お笑い芸人なら「ゴシップ記事を提供すること」なんて自虐的に返せるのに、相手のペンを踊らすセリフが浮かばない。

「……そうですね。タイミングでしょうか」

劇団のベテラン女優がいつか言ったことを口にした。

「なるほど、タイミングね。つまり、良い脚本や人との出会いかな?砂田さんがネズさん……根元監督の作品に出られたのはグッド・タイミングだったわけだ」


想像以上の活気に、砂田は扉近くでたじろいだ。

集まるのはドラマ関係者だけと思っていたが、DVDの発売元が主催するパーティには、レンタルビデオチェーンのオーナーや流通関係者、それにマスコミもネームプレートを付けて来場していた。

正方形のホールをシャンデリアがまばゆく照らしている。

生花を飾ったテーブルには、デコラティブな大皿と保温性の高いステンレス製のホテルパンが並び、和洋あらゆる料理で客人をもてなしていた。

同窓会でも戦友会でもなく、まるで何かの設立記念か政治家のパーティのようだ。

「本日はご多忙のなか、ようこそお越しくださいました」

壇上でDVDメーカーの取締役が挨拶を始めた。スタンドマイクの高さで上背のある体を猫背にし、「天知る地知るチルチルミチル」発売の喜びをスピーチしていく。

「被災地復興の願いも込めたこの作品を、いま一度DVDでお楽しみください。また、当会場にはドラマの出演者の方々も見えています。どうぞお時間の許す限り、ご歓談ください」

とりあえず、スーツを着てきて良かったと、砂田はネクタイの結び目を直した。万雷の拍手が沸き、前方のスクリーンにドラマのダイジェストが投影されると、放送時は無名だった自分がジミーFとのツーショットで現れた。司会者のそばで、主演俳優が多くの人に囲まれている。

グラスや取り皿を持ったゲストが会場内を行き交い、親睦を促すバロック調の音楽が軽やかに流れていく。

マネージャーの相良かジミーFがこの場にいてくれれば……。異邦人の気分で、砂田は独りうつむいた。

声をかけてくる者はほとんどなく、目の合った人がたまに会釈するだけ。それでも、恩人や仲間たちに会っておこうと、人いきれの中を徘徊する。

「ケイ!」

振り返ると、懐かしい顔があった。

「ヤマドリさん……」

プロデューサーの嶋田孝がグラスを左手に持ち替えて右手を差し出した。「ヤマドリ」は苗字の「嶋」の字をもじった愛称で、東京のキー局からローカル局に転籍したテレビマンだ。

「いやぁ、ケイもすっかりメジャーになったね。君が出演した連ドラは名古屋でも放送されて、みんなで見たよ」

砂田は改めて敬礼して、頭を掻く。喜びより気恥ずかしさが上回り、「ありがとうございます」が周囲の騒がしさに埋もれてしまう。

「あのぉ……週刊誌の件は、すみません」

「週刊誌?……ああ、あれね。ケイは若くて独身だからいいんじゃない?それに、僕らに謝ることはないよ」

テレビ局の人間が芸能人のゴシップに無関心なはずがなく、視聴率を左右するタレント好感度こそが彼らの仕事の指標だ。

「あっ、紹介するよ。こちら、僕の先輩プロデューサー」

「しゃちほこTVの小笠原です」

ヤマドリの半歩後ろの男が前に出た。血色のいい後輩と対比をなす肌艶の悪さで、体の右側に不自由があるのか、肩から腰のラインがわずかに傾(かし)いでいる。

「砂田さんもご活躍のようだね。次は主演かな。忙しくても、無理せず頑張ってくださいね。我々は応援してますよ」

親身なテレビマンの言葉に耳たぶがじんと熱くなり、砂田は離れた場所に何気なく目をやった。

ダーク系のスーツ群の傍らで、サフランイエローのワンピースが談笑の場を恭しく彩っている。

ショートカットのヘアスタイル。右の涙袋の泣きぼくろ。ナチュラルメイクも手伝って、印象の薄い目鼻立ちだが、どこかで見た顔だった。ネームプレートのプラスチックが照明の加減で文字を消し、頭の動きでシルバーのイヤリングがほのかに光る。



(5/8へ続く)

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