STORY1 枯れてしまうには早すぎる(4/8)
歌謡ショーの翌日、 神門から「アイデア」を知らせるメールが江頭に届いた。
それは、大城戸栄とジミーFの対談企画で、音楽ファンはもとより、ギョーカイ人にも一目置かれるウェブマガジンでの掲載だった。
サイトのページビュー、メルマガ配信数や開封率など、細かに書かれていたが、新聞でも雑誌でもないデジタルメディアの価値を江頭は理解できず、とりあえず、原島に提案を伝えてみた。
新曲の宣伝期間なら、CDメーカー側がアーティストの稼動をマネージャーに打診し、許可を得るのが定石だ。だから、今回の案件は事務所側の意思ひとつで実現するのに、江頭はメーカーの担当者をないがしろにしなかった。
「いい話ですね! 新曲どうこうより大城戸師匠自身の宣伝になります」
後日、企画書と媒体資料を精読した原島が、電話口で声を高めた。
「宣伝費に換算すると、すごいコストパフォーマンスです。エトさん、ほら……対談相手のジミーFはこの前のチラシの黒人歌手ですよ!」
相手の興奮調に江頭はうまく応えられない。
企画はウェブマガジンの編集長から発信されたかたちで、江頭は神門の存在を原島に話していない。しかし、すべてが紛れもなく神門ヒロキの手回しだった。
対談をきっかけにプライムミュージックと大城戸栄音楽事務所が接点を持ち、その先には、CDメーカーの移籍という明確なシナリオが用意されている。
原島の好反応に安堵すると同時に、江頭は良心の呵責に囚われた。
また「紅白」に出たい。もうひと花咲きたい。世間に大城戸の歌を広め、「中の上」から「上」になるのだ。今回の企画で新曲が売れれば、原島の会社も万々歳だ。移籍の良い置き土産になるはずーー江頭は「すべてが大城戸栄のため」と、神門の策略を肯定した。
「エトさん、師匠の新曲がジミーFのデビューに重なってラッキーでしたよ。こりゃ、ボクらにも風が吹いてきましたね」
通話相手のテンションに、江頭は押し黙った。
3
「キミ、動きがいいねぇ……『砂田』って名前かい? 頑張ってね」
演歌歌手に声を掛けられたスタジオスタッフが、直立不動で「はいっ!」と応える。
スケジュール表に視線を預けていた江頭は、顔を上げ、その初々しい姿に頬を緩めた。グレーのポロシャツに「砂田」というネームバッジをつけた若者が、足どり軽くカメラマンの機材を搬入していく。
恵比寿のスチール撮影スタジオの4階。
集合時間より早めに着いた大城戸と江頭は、肩を並べて対談チームの到着を待っていた。
ヒップホップ好きといった外見の副編集長が、ふたりの向かいでスマートフォンをタップする。名刺とともに自分のウェブマガジンを説明し、大城戸と断片的な会話を交わしたところだ。
予習はしてきたようだが、演歌に興味のないことが発言の末端に表れていた。まだ30そこそこの年齢だから、音楽系メディアの制作者といっても、それは仕方がない。若年向けのウェブマガジンに演歌歌手を登場させる心意気だけでも立派なものーー江頭はそう自分に言い聞かせ、ポットのコーヒーを大城戸のカップに注いでいく。
「おはようございまーす!」
エレベーターが開き、威勢のいい挨拶が多重音で飛び込んできた。
神門ヒロキとジミーF。ラックにたくさんの衣装を下げたスタイリスト。キャスター付きのバッグを携えたヘアメイクの女性。彼らの後ろから、大城戸チームの原島も姿を見せる。
「エイヤー!」
突然、大城戸が声を張り上げた。カウンターパンチ一発。まるで昔からの知り合いのようにジミーFとがっちり握手し、「ナイスチュー ミーチュー」と破顔する。ギョーカイ先輩のいきなりの行為に新人歌手はたじろぎ、丸い目をさらに丸めて「ヨロシクオネガイシマス!」と、胸の前で手を併せた。
「おっ、日本語も達者だねぇ! でも、俺は仏様じゃねぇから拝んでもムダだぞ」
ヤンキースの野球帽を脱ぎ、反省の仕草で自分の頭を叩くジミーFに、皆が笑う。
「このジミーFは先週デビューしました。いま、マネージャーが外で車を停めていますが……お待たせしてスミマセンでした」
入室者たちの真ん中で神門が言い、堂々とした振る舞いで自分の名刺を差し出した。まず、大城戸と原島に、それから、ギョーカイ古参のマネジャーに。
江頭は一瞬とまどったものの、今日この場での神門との関係性を理解し、初対面を装いながら、ぎこちなく目を伏せた。
「いやぁ、大スターの大城戸栄さんにお会いできて光栄の極みです!」
神門が大袈裟に続け、顔馴染みの副編集長の腰に手をかける。
「……ええっと、最初に対談でしたっけ?」
自分の役割を気にかけた原島が問い、段取りを確認していく。
やがて、縦15・横12メートルの白ホリゾントのスタジオは、半分が撮影スペースで、半分が関係者のたまり場になった。
たいてい、芸能人同志の対談には、ホテルのスイートルームや擬似住宅のハウススタジオが使われるが、料金の高い場所は媒体に嫌われがちで、今回も、撮影はプロカメラマンが担うものの、対談の進行と原稿執筆は副編集長が務めるという。メディア制作も分業から兼業の時代になり、広告収入頼みのウェブマガジンは雑誌以上に厳しいコスト管理が強いられている。
新旧の演歌歌手はメイク室に入らず、たまり場の木製テーブルで収録に臨んだ。収録と言っても、ビデオカメラが回ったり、高性能なマイクが設置されるわけではなく、副編集長の持参したICレコーダーが音声を記録するだけ。対談のテーマはあっても、台本はない。
カウンターパンチでジミーFのハートを掴んだ大城戸が水を得た魚になって泳いでいく。
「ジミーよ、演歌の『演』っていう字はサンズイにトラだろ。つまり、寅さんが涙を流す時に口ずさむ歌だ。どんなことにも堪え忍び、愛を忘れずに生きていく……それが演歌の世界だね」
「……トラサン?」
「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又……」
いきなり立ち上がり、車寅次郎こと渥美清の声色と「おひかえなすって」のポーズを真似る大城戸ーー恰幅ある体と濃いめの顔立ちは一昔前の舞台俳優みたいで、その巧みな口上に、対談を見守る者たちが拍手を送った。
(5/8へ続く)
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