STORY5 々(ノマ)(5/8)

「小説のドラマ化って、そんなもんじゃないの?」

「納得出来ないなぁ。ストーリーだけ盗まれたようなもんだ」

腕時計を見て、野間口さんは唾棄する感じで言った。

「相談したい」と言われてやって来たわたしは、聞き込み中の刑事っぽく手帳を開き、問題と冷静に向き合う。

「テレビ局は、『一応』許諾を取って置きたいってことだけど、わたしたちはどこまでノーを言えるのかしら?」

ペン先を紙に留め、意識的に声色を柔らかくした。

「……うーん。ちゃんとした契約書を交わしてないからなぁ」

「『ちゃんとした』?」

「覚え書き程度で、細かいことは触れてない。こういうのって、テレビ局と出版社の紳士協定みたいなもんだから……」

顎をさすりながら、野間口さんはくぐもった声で語尾を弱めた。

著作物を扱うギョーカイの中でも、出版社が契約案件にルーズなことをわたしは承知していたから驚かないけど、いざ当事者になると、その脇の甘さを責めたくなる。

「主人公の性別は変えてほしくないわ」

「そうだね。それに……スケジュールを遅らせてほしくない。キャンペーンと足並みを揃えて放送してほしいな」

「いつ頃なの?」

「放送は5月を予定しているらしい。いろいろ追求しようとしたら、『とりあえず、いま上がっている脚本を送りますから!』って逃げられたよ」



宅配便で送られてきた脚本は、わたしたちを失望させた。

野間口さんの言うように、換骨奪胎なストーリーで、登場人物一覧のページに「あと2名ほど作中人物を追加する予定」という断り書きがあった。ラストはいかにもテレビっぽい展開に変わり、映像を見ていないので生半可なことは言えないけど、ドラマを観た人がわたしの原作を手にするとは思えなかった。


もうすぐ1月が終わるのに、「飛躍」の兆しはなく、毎日を鬱々と過ごしている。夢に現れる母は元気な頃じゃなく、病に伏せた姿で、わたしとの会話もままならなかった。

執筆が進まない。文章を書いては消し、読み返しては改め、それでも一向にしっくり来ない。まるで外国語を綴る違和感が付き纏い、PCの前で途方に暮れてしまう。いままでにない行き詰まり。小説家としての能力のなさを痛感して、体重も減った。はたして、モノ書きをこのまま続け、この家で暮らしていけるのか。

前に、「料理は得意」なんて宣っていた野間口さんをキッチンに想像する自分。相性占いのサイトをパソコンで眺める自分……。

この1週間、砂田謙吾のブログとツイッターが止まっていること。それも、わたしの日常に少なからずも影響していた。海外に出かけている?ーー以前、旅行先のバルセロナから発信していたのでそうじゃないだろう。どんなに忙しくても自ら課したルールみたいに続けていたのに、それが途絶えている。

書きかけの連載原稿を保存して、ブックマークしているブログを選ぶ。やはり、今日も更新はなく、あきらめ半分でツイッターをチェックする。

ーーー

kumaken55 今日からリハビリ。何とか文字を打てる状況。心配かけてすみません。8分前

ーーー

……メッセージがあった。

わたしは、Googleの検索窓に「砂田謙吾」と入れて、サイトインデックスの羅列を早送りする。

次ページ、次々ページ……いつもより根気よく調べていき、手がかりをようやく見つけた。

それは、同じ熊本に住む若い建築家のブログで、昨日書かれたものだった。短いテキストに、捜していた固有名詞があった。

「尊敬する大先輩の砂田謙吾さんのお見舞いに行きました。快方に向かっていて、安心しました。明日からリハビリだそうです。1日も早い回復をお祈り申し上げます」

暖房の効いた部屋で、体がにわかに熱くなった。

リハビリ・お見舞い・回復ーー輪郭は掴めたものの、細部をかたどるパーツが見当たらない。いったい、どんな病で、どんな症状なのか。

ポータルサイトに戻り、「熊本 病院 砂田謙吾」で検索しても出て来なかった。

「九州 入院 建築家」「急病 くまけん 砂田」

病院が患者の個人情報を明らかにするはずなく、他のSNSにも引っかからない。

もどかしさを連れて仕事に戻り、執筆中のファイルで小説の主人公に対峙する。

指が動かない。

砂田謙吾は、佐々木有美とはもう関係がないのだ。街ですれ違う他人と同じ。たとえ、病院の名前を知っても、リハビリの様子を目にしても、何も出来ないし、する必要もない。そう気持ちを諭して、文章を紡ぐことに集中した。



芝公園駅から地下鉄とJRを乗り継いで、ホームグラウンドの上野方面に向かう。野間口さんとふたりきり。

独り者同士の編集者と作家が週末に行動を供にするのは、結婚適齢期を過ぎたカップルに見えるかもしれない。でも、胸のざわざわ感は、いま観た芝居のせいで、野間口さんの存在が理由ではない。新しいワンピースと時間をかけたネイルアートに矛盾して、わたしは自分にそうエクスキューズする。

執筆の方は相変わらずトンネル状態だけど、巷で話題の「再現ドラマカフェ」のチケットを入手して、野間口さんに声をかけた。

きっかけは、砂田謙吾の発信だ。

例のツイートの翌々日に、わたしは「九州のオジサン」の息子の存在を初めて知り、居ても立ってもいられなくなった。

砂田啓一郎。

「東京の劇団で活躍中!」という題名の砂田謙吾のブログは、病院に訪れた息子との再会が綴られ、写真はなかったものの、ネット検索でその若者の素性を探った。

劇団「寿限夢×2(じゅげむじゅげむ)」の新人。24歳。A型・射手座。

そう、「九州のオジサン」が再婚してすぐにもうけた子供だった。


「思ったより、面白かったよ」

京浜東北線のシートに腰かけた野間口さんが芝居のフライヤーを開く。そこには、出演者のひとりとして、砂田啓一郎の名前が刷られている。

「『再現ドラマカフェ』は、一度観てみたかったのよ。噂どおり、リアルな芝居だったわね」

「チケット取ってくれて、ありがとう。土日は別にすることがないから、佐々木さんと舞台を観られて良かったよ」

心拍数が上がり、不自然に沈黙した。野間口さんを誘ったくせに、ミスター砂田の家族のことは話していない。「なんで、急に演劇を?知り合いでもいるの?」

そんな質問を恐れたわたしは、フライヤーが鞄にしまわれて、つかの間だけホッとした。



(6/8へ続く)

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