STORY2 再現ドラマカフェ(2/8)


1日8時間、週に6日の稽古が続き、本公演まで残り2週間になった。

「寿限夢×2」の劇団員のほとんどは芝居だけでは食べていけず、小百合は新宿三丁目のバーで働いている。

雇い主である73歳のマスターは高度成長期に名の売れた映画俳優だったが、40代で役者人生に見切りをつけ、水商売に転身した。新宿エリアで店舗を移しながら、フロアの規模をだんだん小さくしていき、いまはテーブル2つとカウンター8席の小空間を余生の棲み家にしている。

高齢の身の程に合った、狭いながらも楽しい我が家。しかし、リーマンショック以降、次第に客足が鈍り、唯一の従業員の小百合でさえ、お払い箱でおかしくない状況になっていた。それでも、ギョーカイの常連客が店を訪れ、俳優上がりのマスターは、女優志望の店員を、孫娘を慈しむように紹介した。

「こいつは絶対売れるから、いい脚本(ホン)があったら使ってやってよ」

地方局制作のテレビドラマのオーディションーー小百合の今日の行動もそんな「ギョーカイ繋がり」がきっかけだ。

東京メトロ・銀座駅のC4出口から数寄屋橋交差点に向かい、「こんな日に電話をくれなくてもいいのに」と、彼女は気持ちをローにした。

外出間際の実家からの電話。この1週間はことさらハードで、「再現ドラマカフェ」だってある。

「美咲たちの揉め事を解決するから、お前も土曜に帰って来い」

「揉め事?」

「そうだ。家族会議だ。ヤマザキも来る」

市議会議員の父親は手短にそう告げて、通話を切った。

長女の夫を苗字で呼び捨てるのはいつものことだが、母親でもメールでもなく、一家の主がわざわざ電話してきたのは帰省を強制するためだろう。久しぶりに聞く声は、県議会で野党を責め立てる刺々しさだった。

折からの風が、歩道に棄てられた何かのクーポン券を吹き飛ばしていく。

実家は3時間もあれば往復出来る距離だから、「帰還命令」をおとなしく聞き入れたものの、スケジュールのやりくりは免れない。姉夫婦の揉め事は、年明けからずっと続いている離婚問題で、自分の出る幕ではない。さっと帰省して、火の粉がかからないうちに戻ってこよう。オーディションの行われる建物の前で、小百合は吐息を深呼吸に変えて背筋を伸ばした。


「高梨さんは、高校のクラスで何番目の美人だった?」

テーブル席の真ん中で、プロデューサーが唐突に尋ねた。

「……美人ですか?」

「うん。ほら、よく、『クラス1の美少女』とか言うでしょ」

3人の男が座るテーブルには、広報・プロデューサー・監督と印字された紙が貼り下げられ、小百合はパワハラとセクハラまがいの質問を受けている。

「……3、4番目くらいでしょうか」

ためらいつつ、小百合は答えた。

「だいたい、みんなそう言うんだよなぁ!」

プロデューサーが一際大きな声で右隣りの監督を見る。

テレビドラマなのに、「ディレクター」ではなく「監督」と書かれた意味が、小百合には入室と同時に分かった。

社会派の映画作家として有名な根元純夫(ねもとすみお)が、薄いサングラスをかけ、けだるそうに頬杖をついている。

「あんたのルックスなら、いちばんやろ」

その根元が、ぼそりとつぶやいた。

新宿三丁目にやって来たギョーカイ人は「シークレットな大作ドラマのオーディションで、来年2011年に50周年を迎える地方局の制作」と説明していた。

なるほど、そういうことかーー合格すれば、女優としてのデビューが現実になるかもしれない。小百合の体がにわかに熱くなる。

「高梨さん、謙遜しないでいいですよ」

「……いちばんです!」

動きを一瞬止めてから、面接官たちがいっせいに笑った。罠にはまった恥ずかしさで、小百合はうつむいたが、気持ちを折らずに3人の男たちを強く見つめ返した。

「ええっと……所属は……おっ、荒川くんとこか」

「はい」

「しばらく会ってないけど、彼は元気かい?」

書類から目線を外して、プロデューサーが真顔になった。テレビ界を離れた演劇人と高梨小百合の間柄を確認する面差しだ。

「はい……相変わらずです」

「脚のケガは気の毒だったな。うちの系列局の事故で申し訳なかったけど」

「でも、荒川が舞台の世界に戻って良かったと、劇団員のわたしたちは思っています」

「アラカワは、いまは再現ドラマカフェやろ」

独特の濁声(だみごえ)で、根元が割って入った。

「あ、そうか。じゃあ、再現ドラマカフェには、高梨さんも出演しているんですか?」

進行役の番組広報が発言の機会をようやく得て、ストレートに尋ねた。



(3/8へ続く)

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