STORY6 愛を見てきた(2/8)

新人劇団員だった砂田啓一郎が、地方局のスペシャルドラマと全国ネットの連続ドラマで一躍注目株になった昨年、その砂田をスターライト・プロモーションにアテンドしたのが荒川で、マネージャーの相良は寿限夢×2のOBだった。


「もう、オレはテレビ屋とのパイプがほとんどないから、お前は後藤田さんとこで面倒見てもらえ」

NHKの単発ドラマが砂田をオファーした夜、新宿3丁目のバーで荒川は言い、我が子を旅出たせる想いで「たまにはオレらの舞台にも上がれよ」と破顔した。


「座長、申し訳ありません……後藤田社長にはがっつり叱られました。相良さんにも面倒かけてしまい……」

自分からコールしなかった不義理も詫びた。

「ま、相良はトラブルには慣れっ子だから大丈夫だ。問題はハニーハッピーがどう出るかだな。あそこの事務所はタレントのゴシップに厳しいし、社長の堀田はツワモノだ。脅かすわけじゃないが、お前、少し覚悟しといた方がいいぞ」


渋谷警察署の裏手にあるお好み焼き店で、砂田はJFを待った。

耐震補強工事中の建物の3階で、一方通行路に囲まれた分かりづらい立地だ。

「なるべく隅のテーブルに」というリクエストどおり、厨房や来店者の死角に通された。開店して2時間経つが、他に客はない。

先に着いて良かったと砂田は思う。撮影で自分がNGを出すより、誰かのNGを見守る方が気が楽なように、何事も、待たせるより待つ方がいい。

髪をポニーテールにした従業員がお冷やとお手拭きを持ち寄るタイミングで、JFからメールが届いた。レコーディングが長引き、到着が少し遅れるというメッセージ。録音スタジオはここから徒歩圏内だから、仕事さえ終われば、すぐに会えるだろう。

「急がないでOK。いちばん奥にいるよ」

即座に返信し、連れが来てからオーダーする旨を従業員に告げて、砂田はiPhoneのブラウザを開く。

ギョーカイ内で会ったときにいち早く謝罪するため、ハニーハッピーのサイトで“ツワモノ社長”の写真を捜したが、ポータルサイトの画像検索でも見つからず、徒然(つれづれ)にスターライト・プロモーションのページにサーフした。

トピックス欄に「砂田啓一郎、秋ドラマ出演決定!」とある。

ドラマが始まる頃には汚名を返上しているだろうか?ーー汚名、そう、まさに名前を汚された。安曇野サオリを案じ、彼女の立場を想うと胸がざわついたが、「絶対にコンタクトするな」という後藤田の言いつけを守り、グラスの水で気持ちを抑えていく。

「啓一郎、マスコミの人間を信じちゃダメよ」

そうして、ふと、母の言葉が去来し、ブックマークの映像を再生する。

崩れた溶岩から立ち上がる白い煙。爆煙が空に拡がるように、それは一瞬で巨大な塊となり、低地に向かいながら体積と速度を増した。山腹の緑を侵す、とてつもないスピード。火砕流と呼ばれる、固体と気体の混成物は傾斜を駆け降り、万物を飲み込む意思で画面を占拠した。カメラが切り替わり、1台の消防車が映り出る。近づくサイレン。山肌を覆う火砕流がみるみる膨らんでいく。平地に迫る濁流……ブラックアウト。

1991年6月4日、雲仙普賢岳。

時速100キロ、摂氏300度の火砕流は、神話上の生き物みたいに人家を襲い、43名の命を奪った。

当時、まだ幼かった砂田の記憶にあるのは、母に手を引かれながら見た、避難所の大人たちの生気のない顔だ。

「マスコミの人間を信じちゃダメよ」

亡くなった地元消防団員や警察官は、退避勧告地域に立ち入る報道陣のせいで災害に遭ったという。テレビ局のクルーが無人化した民家の電源を使ったことで、彼らは村に戻ってマスコミ関係者を監視していたのだ。

道義に反して、記者たちが追い求めた映像は何だったのか。新聞読者や番組視聴者のため?後世に天災の脅威を伝えるため?

砂田は窓の外をぼんやり眺める。

電線が揺れ、眼下の住宅に灯が点り、宅配便の軽トラックと学生服を着た少年が隘路ですれ違っていく。

目線を戻して、テーブルに縦置きされたメニューに手をかけると、待ち人が現れた。

「またせて、ゴメン!」

JFこと、ジミーF(エフ)だ。2年前にCDデビューした黒人演歌歌手がオーバーアクションで砂田に握手を求める。

「意外に早かったね」

「いやいや、おくれたよ。ここが近くてよかった。ヨヤクありがとう!」

ふたりはキャップを脱がずに対座して、久しぶりの再会をささやかな乾杯で祝した。

10分もせずにテーブル上がにぎやかになり、前回、この店でジャパニーズ・フードにハマったジミーFが、いか焼きや豚玉をコテで切り分けていく。砂田の手つきを見て覚えたのか、具材の混ぜ方も、鉄板の扱いも慣れたものだった。

「エフ、作るのうまいな」

「どういたしまして。ケイのマネだよ」

日本語もすっかり上達している。

ドラマの制作クルーに倣い、砂田は年上のジミーFを「エフ」と、ジミーFは砂田を「ケイ」と呼んだ。名古屋にある地方局・しゃちほこTVの企画がふたりの出会いのきっかけで、そのスペシャルドラマは、舞台役者・砂田啓一郎の最初のテレビ出演作で、歌手・ジミーFの初めての演技経験だった。

苦手な納豆を克服したこと。富士山のご来光に感動したことーージョーク交じりに近況を語る親友の向かいで、ケイの顔色は一向に冴えない。親友に写真週刊誌の話をどう打ち明けるべきか。

「そうだ。これ、ケイへのプレゼント」



(3/8へ続く)

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