第29話 黄色いすいか
「・・・・・・」
一生懸命練習した台詞が出てこない。どうして出てこないのかしら?頑張れ、私。呼ぶとめられた、彼、吉田くんは困っている。
ここは成人式の会場。今日のために、私は淡いピンクの生地に花の模様と言う振袖を着ていた。帯は金色。長い髪をアップしてもらい、髪飾りをつけてもらった。メイクもばっちりしてもらって・・・。
式が終わって、高校時代からずっと好きだった吉田くんを呼びとめたのだ。吉田くんのことはすぐわかった。新成人代表の挨拶をしていたし、あの端正で知的な容貌はどこにいても目立つ。仕立てのいい生地のスーツに趣味のいいネクタイをした彼は、私の無言に困っていた。
皆がじろじろと見ている。吉田くんといるだけでこんなに見られてしまうなんて・・・。オーラが皆と違うのかな。
「私、ずっと吉田くんのことが、す、す・・・」
「ど、どうしたの?鈴木さん」
いよいよ皆にじろじろ見られて、吉田くんと私の周りには人がいっぱい集まっていた。こんなところで、考えてきた台詞を言わなければならないなて、公開処刑だ。
「鈴木さん、場所、変えようか・・・?」
「はい・・・。ごめんなさい、吉田くん」
こうして私は皆にじろじろ見られながらも吉田くんとその場を去り、近くの喫茶店へと落ち着いた。店員さんがオーダーを聞きにきた。私たちの姿を見て、
「成人式の帰りだったんですね」
と微笑んでいる。
「はい」
私も微笑み返した。
吉田くんはブラックコーヒーを飲み、私はハーブティを一口、飲んだ。勇気を出して、さっきの続きだ。
「吉田くん、私、ずっとあなたのことがす、す、す」
「???」
駄目だ。言えない。でも、ここで言わないともう、チャンスはないんだ。
「えっと、す、す、すいか、好きですか?」
私、いったい何、言ってるんだろう?でも、告白なんてしたことないから、どうしても駄目なんだ。吉田くんは、どうやら成人式の帰りに私が雑談したいのだと思ったらしい。
「すいか、大好きだよ。鈴木さんは?」
「私も好きです。珍しいけど、黄色いすいかのほうが好きで・・・・・・」
「あ、ぼくも黄色いすいか派だよ」
「そうですよね。赤いすいかもいいけど・・・・・・」
「あ、時間がないから、僕はもうそろそろ行くね。今日は楽しかったよ。ありがとう」
すいかの話で終わってしまった。そんな話はどうでもよかったのに・・・・・・。
そう思う私は、テーブルに置かれたメモを発見した。
『今度ふたりで同窓会をやろう。そのときに鈴木さんの話を聞かせていただくよ』
その紙には吉田くんの電話番号とアドレスが書いてあった。
こうして、その日までに私の台詞の特訓は始まった。練習ではいえるのに、本番になるとどうしていえなくなってしまうのだろう。でも今度会うときまではしっかりいえるようになって置きたいと私は練習に励んでいる。
(題:それいけセリフ 制限時間:30分 文字数:1219字 )
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます