第18話 湖面でのラブストーリー

 こずえは交通事故を起こして、人を殺してしまった。もっともこの場合は、通行人が酔っ払っていて道路に急に飛び出してきたもので、こずえの責任ではなかったが、こずえはそれでも自分を責め続け、自己嫌悪の日々に陥っていた。


 こずえの幼馴染である聡史は末期ガンであると宣告を受けていた。自分の命はあと少しでなくなるが、心配なことがひとつだけあった。恋人のまどかの存在だった。

「まどか、俺が死んだら、俺のことはすべて忘れろ。お前はまだ若い。俺のことで縛り付けたくないんだ!」


 まどかは泣いた。

「そんなこと言わないで。あなたのことはずっと覚えているに決まっているじゃない」

 一方、そんな兄をいたわり、実はまどかのことが好きだった弟の厚司はこの様を胸が張り裂けんばかりに見ていた。


 ガンにおかされならがも聡史は、心が病んでいくこずえのことが心配だった。ある日、こずえがいなくなっていた。聡史は探した。かつて、幼馴染同士で一緒に遊んだことのある湖畔に来ていた。湖にはボートが一艘。そこでは、こずえが致死量の睡眠薬を飲んで倒れていた。

「遅かったか・・・」

 自分もガンの激痛に顔をしかめながら、聡史はつぶやいた。

「俺も・・・もう、駄目らしい・・・」


 そこで、こずえと自分の手を紐で結んでお互いの靴を並べて、一緒に湖の底へ飛び込んだ。やがて、二人の遺体があがり、心中と警察では判断された。


 まどかは泣き崩れた。

「どうして、聡史さんはこずえさんと心中を・・・!」


 黙ってその様子を眺めていた厚司は口を開いた。

「きっと、兄さんはまどかさんに、自分のことを忘れて、これからの長い人生を生きていってほしいという思いでやったのではないかな?たぶん、こずえさんのほうが先に亡くなっていて、それを利用したんだ・・・」


 そう言いながらも、兄の死を悼みつつ、弟の厚司は思った。

「こんなやり方、まどかさんがかわいそうではないか?」

まどかはショックで精神状態がおかしくなり、寝たきりになってしまった。聡史に容姿がよく似ている厚司は考えた。理想的な話でこのことを終わらせたい。


 厚司は聡史のまねをした。朦朧と生きているまどかにとって、厚司と聡史の区別はつかないみたいで、

「聡史さん、生きていたのね」

 と、厚司に近づいてきた。

「いや、これから死ぬんだ。君の腕の中で・・・」

 聡史になりきった厚司は、まどかの腕の中で息をひきとっていくまねをした。

「聡史さん、これからも私、忘れないわ」

「僕もだよ」


 こうして天国に登っていくと見せかけて、厚司は聡史から自分自身に戻った。


 それから、まどかはだんだんに精神的な病が回復していった。厚司は安心した。心配してまどかにかかわっているうちに、年数をかけてじわじわとまどかは、厚司に心を許し、好意を示すようになった。

「まどか、兄さんのことは忘れられないと思うけど、兄さんのことを忘れられない君をひっくるめて、僕は君を愛すよ」

 そう言われて、まどかは久しぶりに『幸せな感情』というものを感じた。


 ふたりはやがて、結婚式をあげて、大勢の人に祝福された。まどかは、空を眺めて、晴れやかに言った。

「なんだか、聡史さんもこずえさんも祝福してくれているような気がするわ」


 次の日には、まどかと厚司は湖畔にボートを漕いでいき、聡史とこずえのために花束を浮かべた。

「いつまでも、二人が心安らかでありますように」


 そんなまどかの願いは神様に届いたのであろうか?


 午後のやや傾いた日が、湖面に淡い明るみを流していた・・・。   (終)


(お題:遅すぎた湖 制限時間:1時間 文字数:1513字 )

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