第9話 無知の知
コンコルド広場では、今日も灰色の服を着た処刑人が、いまかいまかと罪人を待ち構えていた。執行人の名はサムソン。三段階段を登りきったところには、あのギロチンが待ち構えている。
いったい何人の人がこのギロチンで命を絶っていったのだろう。
荷馬車で運ばれてきたエリーはいったい自分がどんな罪でギロチンにかけられるかもよく聞いてはいなかった。
「エリー、今から貴様の刑を執行する。英検準2級に受からなかった罪だ!」
サムソンが重々しく罪を述べた。
「ちょっと、待ってくださいよ!」
必死に抗議するエリー。
「確かに私はつい先日、ホールに呼ばれて、英検準2級を受けました。でもここはフランスですし、母国語ではないし、そもそも英検準2級が落ちたからって、なんでギロチンにかけられなければならないでしょう?」
「うむ」
サムソンは考えた。確かに上からのお達しで英検準2級に合格しないこの女を処刑せよといわれていた。考えてみれば、罪人も多く、その罪状なんて、いちいち考えてはいなかったのである。
「なんでだろうか?」
サムソンは首をかしげた。アメリカの独立戦争に多大な援助をフランスがしたからだろうか。それなら、アメリカがフランス語を学ぶべきだ。イギリスとフランスの100年戦争でイギリスに迷惑をかけたからだろうか?いやいや、フランスだって、十分迷惑がかかっている。
たしかにおかしいとサムソンは思った。
「では、みなさんも英検準2級を受けてみてくださいよ」
こうしてホールにサムソンを初め、全員が英検準2級を受けてみたが、皆受かるレベルではなかった。
「ほら、皆、受からないでしょう?皆、死刑になるんですか?」
エリーは高らかに笑った。
「その縄をといてやれ」
そんなわけで、エリーは死刑を逃れたのである。
次の日にサムソンはことの次第が理解できずに、お上にこの件について尋ねにいった。
「確かにエリーという女性を抽出して、英検準2級を受けさせました。予定どおり、母国語しか知らないエリーは不合格になりました。そんな彼女を生きていてもしかたがないお馬鹿ものとして、処刑しようとしたことは事実である」
お上は黒い笑いを浮かべた。
「でもあのあと、皆で英検準2級を受けたら、皆受かりませんでしたよ。もちろん、僕も。みんな処刑ってことにならないんですか?」
サムソンの問いに、お上はさらに黒き微笑みをたたえた。
「困りますな、サムソンくん。理由なんてなんだっていいんですよ」
「えっ?」
「借金は太陽王といわれたルイ14世がアメリカの独立戦争に資金援助をしたために、とっくに破綻している。そんな不平不満が政府に行かないように、誰かを悪者にしたてあげては、それなりの理由を作って、処刑するのだ。民衆にもガス抜きが必要だからな」
そんなお上のやり方にサムソンは怒っていた。あやうくなんの罪もない女性を殺しそうになってしまった。そんなサムソンの怒りも伝わらず、お上はさらにたたみかける。
「今回は処刑に失敗してガス抜きができなかったからな。今度は、漢字検定がいいかな、それとも、TOEICがいいかな」
サムソンは呆れていた。いっそのこと、このバカなお上がTOEICでも受けて受からずにギロチン台に消えればいいと思った。
そこでサムソンはこのお上のお上に相談した。
「こいつにTOEICを受けさせて、落第点だったら、処刑させたらどうでしょう」
「それはいい考えだ。民衆も上のやつの処刑を望んでいるのだから」
こうしてTOEICに失敗したお上はギロチン台に消えていき、民衆のガス抜きは終わった。また民衆の暴動が始まると、今度はサムソンはお上のお上のお上に相談した。
「民衆にはガス抜きが必要です。こいつに漢字検定を受けさせて不合格だったら処刑しましょう」
「それはいい考えだ」
こうして、お上のお上が漢字検定ができない罪でギロチンで処刑された。
このようにして、あらゆるテストができない罪で身分高きものまでがつかまり、処刑されて、政府への不満は免れ、生贄を憎んで処刑することによって、民衆はガス抜きをされて、静かになった。
その、検定がてきないから上の役人が処刑されていく現状が続き、ついにルイ16世とマリーアントワネットとその妹のエリザベートまで処刑されてしまった。
表向きは、「国民の財産を使いはたしてしまったため」で処刑されたマリーアントワネットとルイ16世だが、もしかしたら、この自分の進言で殺してしまったのだろうかと、今、サムソンは本気で悩んでいる。
サムソンは今、いろいろな言語の勉強をしている。「無知の知」を知っただけでも十分だ。
(お題:灰色の処刑人 必須要素:英検 制限時間:1時間 文字数:1977字 )
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