第8話 わかった上で空売りするぜ!

 やっと俺は兄貴から聞いたんだ。『空売り』の意味を・・・・・・。それは『売り』から始まる株式投資のことだった。普通は株を買って売る。しかし、『空売り』というのは、特定の口座を作って、お金預ける。そしてなんと、株を売ることから始まる。これから下がるという会社の株を売るのがいいだろう。売って、利益を一応確定しておいて、あとで、株券が紙くずすれすれになったときに買う。その差額が利益だ。ただし、空売りは上限がなくて、危険だし、一歩間違うととんでもないことになってしまう。それから、最初に特定口座をつくるのだが、これでかなりな初期費用を必要とする。そして、それを知りうる立場でなければ、これをやっても『インサイダー』にはならない。


 『インサイダー』は会社関係者、三親等までは罪に問われると兄貴に聞いたが、本当だろうか?その点は詳しいやつに聞いてくれ。


 つまり、俺にはこの前空売りに成功した費用があるから、口座も開いてあり、最初の準備はOK。いつでも空売りできる状況にある、しかし、これから株価を下落する会社の情報をどこで入手するかという点だ。『インサイダー』でつかまらないためには、俺がその会社にとって、全くの第三者でなければならないのだ。


 そんなときに、俺に飛び込んできた、ネットの狡猾そうな『どんな情報でも売ります』という、いかにも怪しい『情報屋』の広告。企業のことなど知る手立てもない俺はネットの『情報屋』に飛びついたんだ。


 株というものは、大衆と同じ動きをしていたのでは、もちろん儲からない。大衆の先を行き、先手を打って、大衆をカモにして儲けるくらいでないとうまくいかないんだ。俺はそれで失敗して塩漬けになっている株をいっぱい持っている。


 やっぱり『情報』を制するものが、株の世界を制するのだ。そこで、俺はためしに『情報屋』に足を運んだ。そして聞いたんだ。

「これから株が大暴落する企業はどこですかね?」

 情報屋はおじさんがやっていると思いきや、かわいい若き女性がひとりでやっていた。こんなお嬢さんに企業の秘密が探り出せるのかと思ったが、自信ありげに彼女は言う。


「これから、TY製作所の株が大暴落します」

「ほんとうか?今、利益が上がっているみたいだけど」

「ほんとうです」

「根拠は?」

 俺は必死だった。これから空売りしようとしているんだぜ。何度も言うように空売りには上限がないんだ。失敗したらとんでもないことになる。


「占いです」

 おねーちゃんはにっこりほほえんだ。

「私の占いはよく当たるんです」



 おい、おい、なめてんじゃねーぞと、俺は心の中で毒づいた。空売りは失敗すると痛いんだ。それをどこの企業の株が暴落するなんて、占いなんかで決めてんじゃねーよ。


「ちなみに、何占いだ?」

「花占いです」

「花占いだと?」

「そうですよ」


 おねーちゃんは一輪のガーベラを出すと、

「TY製作所の株について教えたまえ!」

 大声を出して、花びらをちぎり始めた。


「TY製作所の株は、下がる、下がらない、下がる、下がらない、下がる、下がらない・・・」

 おい、おい、恋占いではないんだぞ。花びらを取りながら株の占いなんてしないでくれ。

最後の花びらを「下がる」で終わると、おねーちゃんは微笑んだ。

「ほらね、TY製作所の株は暴落するって、出たでしょ?」


 俺は最後には怒り出した。

「おい、おい、おねーちゃんよ!株は遊びじゃないんだ。花びらちぎって決めてんじゃねー!」


 俺の怒号にすっかりびびったおねーちゃんは、

「お客様が信用してくれないのでは困りますね。でも相談料は一万円いただきます」

 とちゃっかり微笑んでいる。


「相談料で稼いでいるのかよ」

 と俺も呆気にとられたが、なんだかこのおねーちゃんがかわいそうになってよ、一万円置いてきたよ。なんか、服もぼろぼろだったし、いい買いなっていう、ボランティアかな。



 それから、ある日。日経新聞で株価の蘭を見ていた俺はびっくりしたぜ。なんとおねーちゃんが言ってた、HY製作所の株が大暴落しているんだ!


 テレビではHY製作所の社長を初め、役員が頭を下げて、その様子をカメラがパチパチとる様子が映し出された。大々的な粉飾決算がばれて、そんなに儲かってもいなかった会社だったらしい。


 俺は悔いた。ちきしょう!HY製作所の株を空売りしとけばよかった!

 あのおねーちゃんは、もしかして、あんな花占いで未来が見えるんだろうか?なんだか信じられないが・・・。もう一度ねーちゃんのところに訪れてみた。


「私はHY製作所の秘書をやっていて、やめたんですよ。それをあなたに話した。その情報を買ってくれれば、インサイダーにもならず、空売りで儲けられたのに」


 おねーちゃんは残念そうに言う。

「だったら、花占いなんてやってないで、普通にそういえばいいじゃないか」

 俺はおねーちゃんにつめよったが、

「ただ、ひとが儲かるのをみているのも面白くないし、相談料でもやっていけますから」

 とにやっと笑った。


 俺の株人生はまだまだ続く・・・。


( お題:狡猾な広告 制限時間:1時間 文字数:2138字 )

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