第7話 純愛ごっこ
外側に見える景色は小さい。でも中は広々としていて、居心地が良かった。ここはどうやら、大きな風船の中らしい。風船の中にはトランポリンが置いてあって、子供たちがぴょんぴょんと跳ねて遊んでいる。まるで母体回帰のような、不思議なアトラクションだなあと遊園地に遊びに来ていた琴乃は思っていた。よろけそうになっている琴乃の手を引いて歩いてくれているのは、充。
「たまには、子供の頃の気持ちを思い出しませんか?」
充に誘われて、琴乃はこの遊園地にやってきた。いい大人が恥ずかしいとは思ったものの、琴乃は常に紳士である充の少年のような顔も見てみたいと思っていた。
アトラクションで遊ぶ充は、やはり少年のような笑顔を見せていた。琴乃は普段見せる、紳士の顔の充がこんなふうに天真爛漫に笑うなんて知らなかった。それで、そのギャップに惹かれて、ますます琴乃は充の虜になってしまったのである。
そんな思いを知ってか知らずが、充は琴乃とお付き合いを続けていた。お互いに家庭を持っているから、簡単には突っ走れない愛だった。
きっかけは、夏休み前の三者面談。琴乃が教室に入っていくと、若い紳士が丁寧にお辞儀をした。それから、娘の成績のことなどを話したが、ふっと充が会話をやめた。
「綺麗なかたですね」
それだけ言って、また娘の話になった。つまりは、担任の先生と生徒の母親という立場で出会ったのである。学年が変わり、娘の担任の先生が変わってしまったときは、琴乃は悲しかったが、ある日、電車でちょうど一緒になった。先生と琴乃は最寄り駅が一緒で通勤の時間がたまたま一緒であることを知った。それからは、一緒に電車に乗って話すようになり、やがて、ふたりは電車の外でも会うようになり・・・とありがちな展開に進んでいった。お互いに家庭を持ち、家庭を大切に思っていたから、それを壊す気持ちもなく、充と琴乃の間にはなにもなくて、言ってみれば純愛だった。
充の違った一面を見て、琴乃は胸の鼓動が激しくなった。気がつくと、雨がぱつりぱつりと降り始めている。
「濡れないところに非難しましょうか?」
充が琴乃の手をひいた。琴乃は充と手をつないだ。その大きな手のあたたかいぬくもりに琴乃はただただ驚くばかりだった。二人がやって来たのは、誰もいない公園だった。雨をしのぐ屋根があったので、ぬれずに済んだ。
「寒くありませんか?」
充は自分の上着をぬぐと、琴乃にふわりとかけた。その上着からはふんわりと石鹸の香りがした。
「もっと早くに出会いたかった」
充が琴乃をそっと抱きしめると、
「私も・・・」
琴乃の絶え絶えになっている声が弱々しく響いた。
琴乃の目には涙がたまっていた。その状態でふたりはいつまでも見つめ合っていた。ここまでが今のところ、ふたりが来れる限界だった。
「琴乃さん・・・」
何かいいかけた充を琴乃が制した。
「それ以上は言わないでください」
「この世の中にはどうしようもないことがいっぱいあるんだな」
充は困ったように呟いた。
「でもこうしてお逢いできるだけで私は幸せです」
琴乃は敢えてちいさな微笑みを作った。それをみた充が、寂しい笑いを浮かべた。
そこへ、琴乃の娘がやって来た!
「お母さん、なにやっているの?」
「お父さんも・・・。また恋愛ごっこ?」
琴乃と充は教師と娘の母として知り合った。お互い知り合ったときは離婚していた。そして、ふたりは気があい、再婚して、ステップファミリーとなった。
「いったい、いつもどんなプレイをしているのよ?」
娘は呆れ顔だ。
「ごめん、ごめん。であったときを思い出したくて、いつもつい遊んじゃうんだよ」
娘の義父である充は言った。
「さあ、帰りましょうか?今日はハンバーグでもする?」
「お、銀二も喜ぶな」
銀二というのは、充と別れた妻との子供であった。ステップアップファミリーは今日も賑やかで笑いが絶えない。
家に帰ると琴乃がハンバーグを作り、それをおいしそうに食べる夫の充。充の息子の銀二も、
「うめえ~!」
と嬉しそうだ。琴乃の娘も笑顔でハンバーグを食べていた。
(題:小さな外側 制限時間:1時間 文字数:1735字 )
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