第3話 失踪のはてに

「僕たちをおいて、どこに行ってしまったんだろう」

妻の美貴の失踪に誰もが戸惑っていた。

「お母さんは、どこへ……」

二人の子供たちも泣いている。警察に失踪届けを提出した。悲嘆にくれる家族。明るくてやさしい美貴は家族にとっては、太陽のような存在で、まさに肝っ玉母ちゃんということばだがぴったりくる妻だった。そんな妻が姿を消した。僕も子供たちのように泣きたい気持ちになっていた。


「いつも美貴ばかりに押し付けて家庭を顧みなかった僕が間違っていたんだろうか」

とあるときは反省し、

「それにしても、勝手過ぎる」

とあるときは、憤慨した。

 美貴は会社にパート勤めをしていた。そのあと、雲隠れにあったように忽然と姿を消した。いったいなぜ?この真相はどこにあるのだろうかと僕は考えていた。僕もパンフレットなどを作って町でくばり、美貴を探す毎日が続いた。「男でもできたのだろうか」とも思ったが、美貴の行方はわからず、10年の歳月が流れた。


 子供たちもそれなりに成長した。男手ひとつで育てるのは大変だったが、美貴の大変さもよくわかった。「美貴はどうしているだろう」と考えない日はなかったが、とにかく仕事に家事に育児に必死だった。


「美貴!」

「あなた?」

11年経ったある冬の日に、僕は美貴と再会した。通り道でばったり会ったのだ。美貴の存在は、淡く、今にも消えそうだった。

「美貴、どうしていたの?」

「ずっと、あそこにいたのよ。あなたたちのことが心配で来てみたんだけど……」

美貴が指差した先は、こんもりとした丘になっていた。

「美貴、家に戻っておいで。みんな寂しがっているよ」

「もう、戻れないの。だって、私……」

美貴の存在感がどんどん透明感を増してくる。触ると透けてしまいそうだ。美貴の手は雪のように白く、触ろうとしても、どうしてもできない。

「あなた、子供たちを10年間、守ってくれて、ありがとう。それを言いにきたのよ。私はもう……」

「わたしは、、もうって?美貴!」

「そろそろ行く時間だわ」

「どこに行くの?」

「行くべきところ。今までは中間の場所で彷徨っていたけれど」

そういうと、美貴は走って、ますます透明になりながら消えていった。



 嫌な予感がして、警察に駆け込んだ。最初僕の話をまったく信じてくれなかった警察も執念深く、ことの次第を告げると、やっと動いてくれた。


 朝、警察から電話があった。

「女性のご遺体が見つかりました」

数日後、美貴からお金を奪って、丘に埋めたという犯人も捕まった。



「美貴、どうして先に逝ってしまったんだい?」

僕は、悲しくて、どうにもやりきれなくて、妻を許せない気持ちになっていた、いや、それ以上に犯人が許せなかった。僕たちの幸せな家庭を壊してまでも、微々たるお金が欲しかったんだろうか?


 美貴は「10年間、子供たちをちゃんと育ててくれてありがとう」と笑顔を浮かべていた。これで、あっちの世界へいけるのだろうか。僕もいずれいくから、待っていてほしい。


 涙に暮れる日が続いた。自分も美貴のあとを追って死んでしまおうかとも思ったこともあった。でも今生をしっかり生きていけば、やがては美貴に会えるという思いで生きてきた。美貴と結婚して嬉しかったこと、二人の間に子供が生まれて喜んだこと、いろいろなことを思い出した。



 やがて僕も年をとった。僕の病床には二人の子供たちがいた。

「お父さん、しっかりして」

そう言われたが、意識が朦朧としている。

そこにあのときの美貴が現れた。

「迎えにきてくれたんだね?」

「ええ」

こうして僕たちは、やっと手をつなげて天に登っていった。

「君がくると思っていたから、ちっとも怖くなかったよ」

そんなことばに美貴が微笑んでいる。

「やっと会えたわね」

 

「午前4時25分、お父様、ご臨終です」

医師の言葉に泣き出す二人の子供たち。


 それを上で見ながら僕は美貴に語りかけた。

「いつまでも子供っぽいところはあるけど、もう大丈夫だよね」

「私たちの役目も終わったみたいだわ、あなた」

 こうして僕たちは、今日も人知れず、子供たちの様子を見守っている。隣には愛する美貴がいて、幸せだ。


 子供たちは就職もし、それぞれの道を歩みだした。今日も都会の空は青く輝いている。


 *****


 美貴がそっと微笑む。

「あなた、知っている?愛するものは運命ならば、ぜったいに会える運命なんですって」

「知らなかったなあ。でも、そうだったね」


(お題:許せない妻 制限時間:1時間 文字数:1870字)

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