第4話 女性祓い
どこでも、国生さゆりさんのこの曲が流れるこの季節。デパートの特設会場にいた。チョコを争って買っていく女性陣。その姿は、さながら戦場にいるようだ。バレンタイン戦争が始まった。
母の家事の手伝いをしたあとに、チョコレートを作った。といっても、固まりのチョコを溶かして、かわいいかたちのアルミホイルに入れて、デコレーションしてできあがりという簡単なもの。
そして、今日はテニスの王子様、加藤君にそれを渡すために、下駄ばこでひそかに待っていたりする。加藤君は、顔よし、頭よし、運動神経よしの三拍子そろった王子様。彼の下駄箱にはバレンタインのチョコでいっぱいだ。入らなかったので、直接渡そうという特攻作戦に出たってわけ。
緊張で胸が高鳴る。ドキドキと鼓動が聞こえてきそう。頬もきっと耳まで真っ赤になっているだろう。
加藤君はテニス部に所属していて、彼がサーブを打つたびに、
「きゃあ、かっこいい!」
「すてき!」
そんな女子たちの悲鳴にも似た黄色い声が包んだ。まあね、モテるひとだよ。
そんな加藤君が下駄箱にやってきた。すばやく目をとめると、
「どうした?川野」
と近づいてくる。加藤君の下駄箱のほうを指さすと、彼は目を丸くしている。
「今日って、バレンタインだったのか?」
すっかり忘れている加藤くんを彼らしいと思ってしまう。
「でもこんなにもらっても困るよな。まさか全部ひとりで食べるわけにもいかないし、この中からひとり選ぶっていうのもなんだし」
加藤君はいたずらっぽく笑い、自分へのチョコレートをほかの男子の下駄箱に適当に配り始めた。
「これで、縁があって、付き合えるカップルができたらいいな~っと」
加藤君ってこんないい加減な人だったかな。しばらく茫然としてその姿を見ている。
「それで、お前は?」
チョコの整理が終わると、加藤君が近寄ってきた。後ろに隠していたチョコを渡すと、うれしそうに微笑んでくれた。
「隣りの席なんだし、そっと渡せばいいのに」
「ばれたら、ほかの子たちに何されるかわからないし」
壁ドンされて、誰もいなくなったこの場所で、軽くキスされる。
「お前以外、興味ねーよ!」
「加藤君」
「ありがとう、嬉しいよ」
加藤君と付き合い始めたのは、席が隣りになったとき。
「お前のことた好きだ」
そんな手紙がさりげなくはいっていた。
「同じく好き」
すぐに返事を返した。
それから、ひそかに休みの日に学校の外であったり、手紙の交換をしたりしていた。
「どんなところが好きになってくれたの?」
「自信持てよ。俺はさ、きゃあきゃあうるさい女性が苦手でさ」
「そうなんだ?」
でもいくら隠れてこそこそつき合っていてもばれる日はくる。
加藤君のいない日に大勢の女性に囲まれて、つるしあげにあっていた。
「ちょっと、あんた、どういうつもり?」
「私たちわりとかわいい女子に見向きもしないと思ったら、そういうことだったのね」
「自分の立場をわきまえなさいよ!」
まったく加藤君のファンって面倒。いったいなにが言いたいのか。
そこへ加藤くんがやってきた。
「あ、休みじゃなかった?」
「お前がつるしあげにあっているっていう噂を聞いてさ~。風邪なんだけど来たんだよ」
「加藤君」
見つめあう目と目。絡み合う視線に、飛び交う女子の罵詈雑言。
「川野が好きなんだよ。お前らさ、川野に絶対手を出すな」
女子たちのブーイングは高まる。
「だって、川野は・・・?」
「川野は・・・なんだ?」
「そのう・・・」
睨みつけていた女子が小声になる。
「川野つばさのことが好きなんだよ!男が男を好きになって、どこが悪い!」
「俺も本気だよ。加藤!なにをしてもよくできる加藤が好きになったんだ!」
女子はもうこりゃ駄目だと引き下がった。
「だいたい、てめーら女子どもがきゃあきゃあ、うるさいから、加藤も女が嫌になって男に走ったんだぜ。あんたらの責任じゃねーの?」
「川野、もういいよ。そろそろ行こうぜ」
加藤くんは手を握ると、女子をかき分けて、外に出て行った。
外に出ていくと、加藤君がキスしてきた。
「性同一性障害なんて、よく学校に通ったな」
「うん、両親と自分とカウンセラーが学校に行って相談して、やっと学ランもらえたんだ」
「それで、つばさは俺と出会って、やっと女性として目覚め、身も心も性が一致した・・・と」
「まあ、そういうわけ」
「学校に言わなくていいのか」
「言って、女性に戻ったら、ほかの女子たちがうるさいでしょ。このままでいいわよ」
「まあ、俺もホモってことで、うるさい女子から逃げられるしよ」
つばさっていう、男でもあり、女でもあるような名前でよかった。こうして秘密の愛を育てている。
(お題:戦争と家事 制限時間:1時間 文字数:2035字 )
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