第16話 サイダー買って、お縄になった
「ここだけの話なんだけど」
上場企業に勤める兄貴が電話してきた。
「会社の悪いニュースが流れるんだけど、うちの株価が下がるんだ。今のうちにうちの株を売っておいたほうがいい」
「そうなのか、兄貴!教えてくれてありがとう」
こうして俺は兄貴の会社の株の売り注文を出した。それから、俺はお縄になってしまった。
なんでかよくわからない。
「インサイダー取引」というものをしてしまったらしい。
初めて聞く言葉で知らなかった。
「インサイダー取引ってなんだ?」と思いつつも、俺は服役している。そこで刑務所の人に聞いてみた。
「インサイダー取引ってなんですかね?」
「わかっていなくて、服役しているのかい?」
刑務所の人は呆れた様子だった。俺がいったい何をしてつかまっているのかを知りたい。そりゃあ、俺も株の初心者でよくわからないことばかりだ。でも法を犯すことをなにかやってしまったのか?
「イン・・・はわからないけど、最近お店でサイダーを買ってお金のやりとりはしたなあ」
この世の中はサイダーを買っただけで罪になるのか?オレンジジュースにしとけばよかった。
そんな俺を見て、刑務所の人がこそこそ言っている。
「本当になんにも知らないみたいだな」
「かわいそうにもなるよな」
株・・・。値段が低いときに買って、高いときに売る。ひとことで言えば簡単だ。でも大半のひとが損をして、一部のひとしか儲からないのはどんなしくみになっているのだろう。
素人が手を出すから、痛い目に合うとも聞く。ちゃんとリスクヘッジをしてポートフォリオをしてあるか。
そんな刑務所の人の話を聞きながら、「リスクヘッジ?」「ポートフォリオ?」と思ってしまう俺は初心者中の初心者だった。
「もう株には手を出さないほうがいいよ」
とも言われた。
もうこれ以上、危ないことはしたくない。俺は刑務所を出てから、401kも100パーセント定期預金にした。リスキーな人生はたくさんだ。
俺はある工場に勤めている。流れ作業に加わって、今日も検品をする。
「おい、なんかお前つかまったんだって?」
「なにやったんだ?」
「万引きか?強姦か?」
「それが、よくわからなくて・・・。サイダーを買って飲んだらつかまったんだよ!」
「まじか!?」
「ほんとだぜ。なんとかサイダー取引で捕まったんだ!」
「やべえな、それ・・・」
「売店では、せめて、オレンジジュースにでもしといたほうがいいぜ」
「グレープジュースでも大丈夫か?」
「んー、サイダーでつかまったから、炭酸入ったものはやばいと思う」
工場の休憩室ではまことしやかに、こんな話し合いがなされていた。俺はサイダーを買ってつかまった人間として有名になり、昼食のときには、どんな飲み物にしたらいいか常に聞かれた。
「サイダー、ラムネ、とにかく炭酸入りは避けておいたほうが無難だぜ」
「ありがとう」
「本当にありがとう」
皆は俺におぞってお礼を言っていた。こうして自分の経験が役に立って、皆を守れるのも、悪くないぜ。お縄になった甲斐があったというもんだ。
そして、後で知ったことだが、電話してきた兄貴も会社を首になって、なんとかサイダー取引ってやつでお縄になったらしい。
そんなにサイダー飲むことっていけないのか。知らなかった。ならば、なぜ売店に売っているんだ。これはもしかして、罠か?
俺は刑務所にいる兄貴に面会に行った。
「兄貴、これからは、飲み物はお茶か水にしといたほうがいいぜ。サイダーがだめだったら、CCレモンやグレープジュースも炭酸入っているから危ないかもしれないぜ」
俺のせっかくの忠告に兄貴は、
「知らないのか?」
と苦笑いした。
「なにを?」
「インサイダー取引のことだよ」
ゴホっと刑務官が咳をしたのでそれ以上話はできなかった。
俺は飲み物のほかにも食べ物にも注意するようになった。サイダー買ってつかまるんだぜ。食べ物だって、怪しいものがあるかもしれない。
たとえば、サイダーだから「サ」行だ。
俺は刺身を買ってみた。大丈夫だった。ノートに、「刺身ok」と書いた。
俺はサラダを買ってみた。大丈夫だった。ノートに、「サラダok」と書いた。
俺は寿司を買ってみた。大丈夫だった。ノートに、「寿司 ok」と書いた。
なにがokでなにが駄目なのかびくびくしながら、俺はいつもスーパーに向かう。
「すみません。どの食品と飲み物が駄目なのか、一覧表を作ってください」
俺は真剣にスーパーのレジの店員に言ったが、警備員を呼ばれて、懇々と叱られた。
俺はどのスーパーに行ってもいやな顔をされるようになった。
(お題:暴かれた投資 制限時間:1時間 文字数:1984字)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます