第39話 選民意識

 皆、だれしもが、自分は選ばれし人間だという「選民意識」を持っている。だから小説で選ばれし存在になってみたり、それで悪を倒してみたりもする。僕は、「選民意識」を持つことは大切だと思う。それがなければ、自分はなんのために生きているんだろう?ってことになり、自殺に至ってしまうこともあるだろう。


 それはどんな小さな世界でもいい。例えば学校の保健委員会の委員長になったとしても、それは選ばれし「選民意識」を満足させてくれる。時々、その「選民意識」が過剰になり、井の中の蛙となっていないか、点検さえすれば、どんな「選民意識」を持とうともそれはそれでいいことだ。


 しかしながら、僕は不本意にも「選民意識」というものを持ち合わせていないマイノリティだった。

 だいたい選ばれること自体がめんどくさいことだ。そこから、始まる責任感、義務感を考えると、むしろ選ばれることなんて、まっぴらごめんだ。そこで僕がとった措置は、その場の空気になることだった。まるでそこにいてもいないかのように存在すること。


 僕の通う高校では、今日も決まった女子たちが騒いでいる。たわいのないことで笑い、男子の注目を浴びる。授業が始まると、勉強のできる男子が手を挙げて、難しい問題をさらさらと黒板の前で解いて、先生と女子の注目を浴びている。勉強のできない男子たちは授業中、暴れて騒ぐことで、ある意味注目を浴びる。先生だって、授業参観では、しっかりとした授業をして、お母さんがたの注目を浴びる。


 僕を見て。僕を選んで。僕はこんなにすごいよ。僕を認めて。僕は選ばれし人間だよ。


 聞こえないけど、そんな言葉が幻聴のように耳に入る。


 そんななかで、僕は今日も空気になっている。学校に行って、声を発することなく、深く会釈。あいさつはコレでまかりとおる。おしゃべりもしない。発表もしない。いい点でもなければ悪い点でもないテストの成績をとる。空気なんだから、誰の目にも入らないし、いじめられることもない。僕は空気でいることが好きだった。休み時間は、さっと教室をぬけて、陽だまりの中で好きな小説を読む。


「田中くん!」

 僕の名前を呼ぶ女子の声で僕は、はっとした。同じクラスのマドンナの洋子さんだった。どうしてマドンナが僕の名前を知っているんだろう。

「皆、クラスは田中くんの話題でもちきりなのよ。どうしたら、そんなにうまく自分の存在感をけせるのかって。私にも教えてくださらない?目立ってしまってこまっているの?」


 確かにマドンナの洋子さんはその美貌と才能で目だってしまうのは仕方がない。存在を消せっていわれても手立てがないだろう。



 それにしても、空気がクラスの話題だとは心外だ。なんのために僕は空気になってきたというのだ。


「それは、存在感を消すという世界で選ばれし人間になりたかったからじゃないの?」

 才女である洋子さんは、僕の心を見透かすように言った。



「存在を消す世界で選ばれし人間になりたい、それも選民意識よね」

 微笑みながら、洋子さんは行ってしまった。



 これまで僕のやっていたことはなんだったんだろう。僕は頭をかかえていた。


(お題:不本意な少数派 制限時間:30分 文字数:1322字)

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