第28話 人の笑顔はお金では買えないさ

 うわ・・・私の年収、平均値もない。家族経営の会社だからさ、帝王の社長は自分たちだけ、潤うようにして、私たちの給料なんて微々たるもんだ。私はあるパン屋さんに勤めている。県内に何店舗か、構えているから、名前を聞けば皆知っているパン屋さんなんだけど、やたら給料が低いのだ。そのくせ、朝から晩まで働かされる。

 パン屋の朝は早い。四時に出勤だ。女房はいつも愚痴をいいながら、お弁当を作る。お弁当でも作ってもらわないかぎりやってはいけない。実は月収は20万円ないという生活だ。子供も欲しいけど、こんな月収では作れないだろう。そのくせ、帝王の祖母まで働いていることになっていて、多額の給料まで支払われているんだ。


 あるとき、私は女房から一枚の紙を差し出された。離婚届けだった。自分の名前と保証人のところにはしっかりサインがしてある。そうだよな。毎朝、三時おきで私のお弁当を作り、自分も働き、お金がなくて子供も作れないときたら、離婚しかないだろう。自分の不甲斐なさを情けなく思いながら、サインをして、市役所に離婚届けを持っていったよ。なんというか、女性のほうが現実的だよな。きっともっと金持ちの男と結婚して、子供でも作るに違いない。子供のいないバツいちって、あまりハンデにはならないもんな。


 私は、一生このパン屋で働いていいものかと悩みだしたよ。これってブラック企業ではないか。だから、ある日、辞表を出したんだ。すんなりOKが出たよ。10年も働いたのに、退職金もすずめの涙でびっくりしたよ。


 でも私にはパンつくりしかしらないから、無添加のパンのお店をオープンしたんだ。もう失うものはないし、細々とやっていくつもりだった。だけど、テレビの取材がふらっとやってきて、どうぞ~とか言っているうちに、なぜか無添加パンがおいしいということになり、行列のできるパン屋さんになってしまったんだ。自分でもびっくりしたよ。ほぼひとりでやっているからさ、そんなに個数もつくれなくて、「無添加パン限定○個」って売り出していたけど、「限定」って言葉に日本人は弱いみたいだな。

そんなわけで、今日も小さなパン屋さんを経営して、パンを買っているお客さんの笑顔を見ているうちにさ、年収なんてどうでもよくなってきてしまったんだ。


 新作のパンを作っているときにも、わくわくドキドキして、それだけで幸せな気分になってさ。楽しいことをしているから、まあ、赤字にならない限りは、自分の年収とか気にしなくなったんだ。


 結婚?そんなものはできないに決まっている。だって、最初は女子って年収から入るだろ?800マン以上じゃなきゃいやとかふざけたこという輩も多いしさ。

 私は自分の選んだ人生を公開していないよ。これからも人に愛されるパンを作り続けるんだ。


( お題:うわ・・・私の年収、帝王 制限時間:30分 文字数:1164字 )


 

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