第46話 A級戦犯の亡霊より
私の骨は、靖国神社にあると思っているかもしれないが、実はあそこには私の墓はない。A級戦犯は絞首刑後、横浜の久保山火葬場で火葬され、GHQが持ち去って処分したのだ。その後、火葬した炉に残っていた遺灰等を骨壷1壷分かき集めて、伊豆の興亜観音へ安置された。
そういうことであそこの墓は、亡くなった方の霊を霊璽という剣と鏡に宿らせており、それを御神体としているというだけで、あそこにはA級戦犯を初めとする戦没者の墓はないということで、計算ずくめの墓である。なにしろ、そんなことだから、あそこに首相がお参りに行こうがどうしようが、そこに実は戦犯の骨はないのだ。
そういう私はなんの罪もなくA級戦犯として処刑された唯一の文官、広田弘毅の亡霊である。たまたま戦争中に首相をやったばかりに巻き添えを食って、絞首刑にあってしまった。
アメリカなどでは、シビリアン・コントロールが徹底したため、日本の軍部の暴走がどうしても信じられなかった。そこで、文官の犠牲者を求めたのだが、人がいい私は何も口にせず、黙っていたばかりに処刑されることになってしまった。
浮かばれない私の魂はこうして今も彷徨っている。
最後の日はよく覚えている。A級戦犯が処刑された日。最後の首相となったあの軍部のアホが皆で、「日本軍、万歳!」と合唱しようと言い出した、「万歳だと?」私は思った。軍部の巻き添えを食って、死に行く私の人生は「万歳」ではなく、まさに「まんざい」なのではないだろうか?
悲劇の首相ということで私の本も出ているらしいが、よく読んでみてくれたまえ。戦争なんて、決してするもんじゃない。太平洋戦争の日本人は軍人が230万人、一般人が80万人死亡したと言われている。どれだけのお墓たできたのだろうか。そういうことを計算して、政府は戦争に乗り出したのだろうか。
私を初めとする戦争を知っている世代は90代くらいになってしまった。そして、戦争を知らない大人たちが今、暴走しているかのようで、私は懸念を感じる。
せっかくの平和憲法がワイマール憲法のようになっていいのだろうか。ここは、広田弘毅の霊としても、慎重に対処してほしいところだ。
ところで、赤紙は平等にきたわけではないことを知っているかい?まんまと逃げる人のいるなか、清き魂を持つものは「お国のため」と死んでいった。悲劇を繰り返さないように私はいのっている。
(お題:計算ずくめの墓 制限時間:30分 文字数:1008字 )
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます