第30話 スケープゴート

「ついにこの街にも魔女が出たらしい」

 アンジェリカがにんまり笑っていた。そのうわさは街中に広がった。たとえ、トーベルホッカーになろうともアンジェリカには殺したい女がいた。その女はエリーナ。茶色の髪を束ねて、普通の顔立ちにこれといった特徴もない平民の女のくせに、なぜか男たちをたくさん惹きつける。それは、きっと魔法で惹きつけているのではないかとアンジェリカは思っていた。

「あんな茶色い悪魔は魔女裁判で火あぶりの刑になるといい」


 噂ひとつで、勝手に魔女にされて、火あぶりになったこの時代。政府に不満がいかないようにスケープゴートとして、いくつもの罪のない命が火の中に消えていった。また魔女を出した街は補助金などを与えられ、潤うしくみになっていた。


 魔女裁判というものはまた惨いものだ。死んだほうがいいと思えるほどの拷問が続き、だれもが、「私は魔女です」といわざるを得ない。女性だけが犠牲になったのかといえば、男性も魔女として拉致されて、拷問に耐えかねて、告白し、火刑台へと消えていった。


 火刑台を見に来る人たちは、自分たちが貧乏でどうしようもない憎悪を抱えているものを、すべて、今、火刑される魔女にぶつけていた。そして、「茶色の悪魔」とされ、「人々の心を翻弄した罪」で、

エリーナは火刑台に消えていったのである。


 フランス・イギリス100年戦争で、疲弊しきった政府が街ぐるみで行った凶行。それはどこかナチスのユダヤ人狩りのようでもあった。


 ちなみに、最初に魔女だと声をあげたものは、「トーベルホッカー」と言われ、永遠に幸せがこないものとされていた。事実、アンジェリカはエレーナがいなくなっても、男性に相手にされず、やがては罪の意識に苛まれ、自殺している。


 ***


 「スケープゴート」の歴史を呼んでいた美代子は寒気がした。こんな時代に生まれなくてよかったと。でも、待てよと思う。時々、目にするいじめの自殺という新聞記事。この時代にも確かに「スケープゴート」は存在するのだ。「スケープゴート」のない世界はもしかしたら、ないといっていいかもしれないくらいだ。


 集団にはふたつある。「スケープゴート」を見つけて、徹底的にいじめることで、団結し、それでつながっている集団。なにかひとつのものに向かって、みなで力を合わせて、ひとつのものをつくっていくことでつながっている集団。前者の集団は、リーダーが未熟なことが多い。皆の意見をまとめきれないから、イージーにも犠牲者を作り、それで盛り上がろうとする。


 美代子は後者の集団に属していたいものだと思った。


(お題:茶色い悪魔 制限時間:30分 文字数:1092字)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る