第13話 クリスマスイブの練習台!?

「青い鳥は私の右側にいるわ」

 久美は柔らかい微笑みを浮かべていた。旬と出会ってから五年。お互いの関係は不安定で、付き合ったり、別れたり・・・。幸せの青い鳥を探すかのように、いろいろな男性と肌を重ねてきた久美。でも、そんな行為を続ければ続けるほど、旬のことが愛おしくなり、結局は旬のところへ戻ってきた。久美は自分の右隣りには、旬がいてほしかった。


 クリスマスイブ。街には大きなクリスマスツリーが飾られて、星や鈴や人形などのオーナメントがつけられ、電飾が鮮やかに煌いていた。カップルが腕を組んで楽しそうに歩いていく様子を久美はうらやましく眺めていた。この世のカップルが一番祝福される聖なる夜。久美にはどのカップルもぽっと灯りが点っているようなあたたかさを醸し出し、それがとても美しく感じられた。


「久美、待たせてごめん」

旬が急いで駆け寄ってきた。会社の帰りで急いでいたせいかネクタイが曲がっている。久美はそんな旬のネクタイを直しながら、微笑む。

「大丈夫。今、来たところなのよ」


 本当は三十分前くらいから、来ていた。久美はクリスマスの夜の雰囲気というものを楽しみたかったのである。久美の心はあたたかいカップルたちの何気ないしぐさを見ていたせいか、平安で満たされていた。久美ももう二十五歳。確かな明日の確証というものが欲しかった。でも、自分が物欲しげに見えるのが嫌で、結婚の『け』の字も旬に持ち出したことはない。ただ、この人と一緒に過ごせたら、人生幸せかもという、なんとなく儚い憧れを抱いていた。


 沈黙を破るかのように旬が口を開いた。

「ごめん、好きな女性がいるんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、久美はどん底に落ちていく自分の姿が瞼に浮かんだ。

「好きな人が?」

 旬の負担になってはいけない。冷静を装いながら、久美はその言葉を繰り返した。

「だから・・・」

 その先を旬に言わせてはいけない。旬が罪悪感に悩む姿は見たくない。

「別れましょう。私のことは、大丈夫よ」

 最後の大人の女としての、久美の見栄だった。こんなときは、大人の女は相手の男性の心中を察して、潔く去っていくものだ。久美は泣いてしまいたい自分を一生懸命押さえつけた。涙は見せない。旬の幸せを願ってさらりと去っていきたい。

「・・・・・・」

旬は無言となり、固まっている。おそらくこの場をどうしたらいいのかわからないのだろう。

「今日は、クリスマスイブなのよ。早く彼女のところへ行ってあげて。こんな別れ話は数分でいいわ」

 久美は旬を促した。

「実は、その彼女に婚約指輪を買ったのだけど・・・」

 なぜかその指輪を久美に見せようとするする旬。自分の選んだ指輪のデザインなどに自信がないのだろうか。

 

 久美はそのダイヤモンドの婚約指輪を眺めた。カット、カラット、クオリティー、カラー。どれをとっても最高のもので、ハートのデザインがかわいらしくて素敵だった。

「大丈夫よ。最高のものだから、彼女も喜ぶと思うわ」

 それでも旬は戸惑って、立ちすくんでいる。


「手にはめた感じも見てみたいのだけど」

「ええ、いいわよ。どんな感じかも心配になるわよね」

 旬はいわゆる『いい男』だったけど、かなり心配性なところがあった。彼女の細くて長い指にはめた感じも見てみたかったんだろうと久美は感じた。


 旬は不器用な手つきで、久美の薬指にリングをはめようとした。でも旬は、あまり女性心理がわかっていなかったのだろう。久美の左手につけようとするのだ。

「待って、旬!彼女の左手につけてあげて。私は右手につけて」

 一瞬であろうとも、彼女のポジションを奪ってはならないと思って、一生懸命叫んでいるのに、旬は指輪をはめることに必死で、久美の左手に指輪をはめる。

久美は彼女に対する申し訳なさでいっぱいになり、手から指輪をはずそうとしたのだが、旬はプロポーズの言葉に自信がないと言い出した。

「しょうがないわ。言ってみて」

 もうこうなったらいくらでも練習台になろうと久美も必死だ。

「僕と結婚してください。君以外に二度とこの言葉は言わない」

「うん、シンプルだけど、いい感じよ」

 久美は褒めた。どこまで練習台にさせられるんだろう。もう大丈夫なのに。


「えっと、キスも・・・」

「キス?」

 彼女とは、まだキスもしていないんだろうか。どこまで付き合えばいいのかわからないが、行き着く先までやるのみだと久美は思った。旬によって、自分の人生はバラ色になったときもあったのだからと。


 旬は戸惑いながらも、旬は久美に唇を重ねてきた。心の篭もったやさしいキスだった。 「大丈夫よ、旬。早く彼女のもとへ行ってあげて」


 そんな久美を旬はしげしげと眺めた。

「もう来ているんだけど」

 旬の言葉に絶句をする久美。

「えっ?」


「久美、いくらなんでも鈍感すぎるよ」

「あ、あの・・・」

 という久美が言う唇はもう一度、旬に覆われていた。久美の左の薬指にはダイヤの指輪が輝きを放っていた。


「でも、ごめんってなに?」

「これからぼくだけのものにするからさ」

 旬は微笑んだ。


(お題:右の鳥 制限時間:1時間 文字数:2144字 )

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