第12話 全身整形

 蒜得内子(さえないこ)は、パンフレットを持って今日も悩んでいた。内子の容姿は残念ながら、人並み以下。勉強もクラスではビリから三番目。スポーツをすれば、転んでばかり。何ひとつとっても何もできない、まさに蒜得内子(さえないこ)である。そんなわけで、内子は恋というものを成就させたことはない。笹原高等学園3年5組では、今日もクリスマスを前にして、女子たちは彼の話題で盛り上がっている。

「彼氏とさー、彼氏の友達とクリスマスパーティ、することになったんだ」

「どんなプレゼントがいいかな」


 クラスの女子は盛り上がっているが、いずれにしろ、内子には関係のない話だ。内子が学校の帰り道をとぼとぼ歩いていると、やたらテンションの高い男からパンフレットを渡された。

「今、お得なキャンペーンもやっています。今なら入学金はただです」

 渡された、パンフレットは『恋の学校』であった。


 いまどき、そんなものがあるのかと、パンフレットをめくっていくと、『これであなたも腐女子を卒業しよう』『必ず通えばモテ女になれる』などなかなか魅力的な文字が躍っている。クリスマスぼっちを18年も繰り返し、やけになっていた内子はバイト代を授業料に当てることにして、『恋の学校』に通うことにした。


 『恋の学校』には、いかにももてそうもない、男女が集まっていた。内子は後ろのほうの机に荷物を置いて、椅子に腰掛けた。担任の先生がやってきた。


 栗色で肩まであるウェーブのある髪。大きな目に縁どられた大きな目。高く通った鼻筋に、ちょっと厚みのあるセクシーな唇。襟元の白い肌は吸い付くような感じで、くびれたウエストを強調するかのように、ぴったりとしたスーツを着ている。


「今日から、担任になります、藻手杉子(もてすぎこ)です」

 杉子が挨拶すると、男性陣から『うおー』という飢えた野獣のような声と、女性陣から『きゃあ~』というその美しさに対する感嘆の声が上がった。


「みなさん、私はこれでも小さい頃は、親から馬鹿にされて、『自分史上、あり得ないぶっちぎりの駄作の作品を作ってしまった』と母から言われてました」

 杉子の言葉に生徒たちは絶句する。

「だって、先生そんなに美しいのに・・・」

「どうしたらそうなれるんですか」

皆の質問に戸惑うような色を杉子は見せた。

「あの・・・。手っ取り早く言ってしまえば、全身整形です」

 そういうと、集まった面々には、「雛皮美容外科」のパンフレットが配られた。

「これから、もてる人生を過ごしたいのか、もてない人生を過ごすのか、それは皆さんの気持ち次第です」


 こうして、今日の『恋の学校』は終わった。男子生徒たちは怒っている。

「なんだよ、雛皮美容外科の宣伝だったのかよ!」

 女性徒たちは、怒る人の多いなか、真剣に杉子の言ったことを考え始めた人も数人いた。


「このまま一生これでは、耐え切れないわ。杉子先生みたいになれるんだったら」

「うん、うん。そうよね」

「多少、お金がかかっても・・・」


 次の『恋の学校』に現れたのは、内子と撫素子(ぶすこ)と出部子(でぶこ)の三人だけだった。杉子は、

「あら、随分、生徒さんが少なくなってしまったわね」

 長いまつげに涙をためていたが、

「大丈夫です!私たちがついていきます!」

 三人の生徒の声に、にっこりと微笑んだ。


「では、今日は手術を行います。雛皮美容外科の先生も来ていただきているので・・・」

「えっ、今日ですか?」

三人は驚きの色を隠せない。

「こういうことは、迷えば迷うだけ。思ったが吉日です!」


 こうして、三人は半ば強制的に手術室に連れられていった。手術室では、めがねをかけた雛皮先生が笑顔を浮かべて待っていた。


 こうして、全身整形を終えた三人は、杉子のような美人に変身していた。

「手術費の630万円はローンでいいですからね」

 とローンまで組まされてしまった。


 過去を知られたくない、内子は学校を転校して、マドンナになった。しかし、押し寄せてくる男たちはどうでもいい人たちばかりで、本命の男の子には近づけない状態でいた。町ではナンパを繰り返されて、ひとりで歩けないし、なんて不自由なんだとだんだんいやになってきた。


 しかし、ローンのために、今日も内子は『恋の学校』で先生として授業をする。

「私は小さい頃、両親から、『自分たち史上、ぶっちぎりの駄作の作品である』と言われてきました。でもわたしがこうなったのは・・・」


 隣りの教室では、あのときの撫素子と出部子がバイト代を稼ぐために同じような授業をしていた。

職員室では、三人がひそひそとささやきあっていた。


「私たち、これでよかったのかな?」

「身動きとれなくて、自由もないわ」

「こうなったら、私たちみたいなおバカ女を増やしてやる!」

それは間違った当て付けだったが、杉子は何もいえないでいた。

「私もそうだからね~。ほとんど八つ当たりなのよね」


「先生、私たちもとに戻れないんですか?」

「残念ながら、戻す手術は、ひずみが出てもっとひどい容姿になってしまうのよ。しかもまたローンがかさむわよ」



 三人は雛皮美容外科に監禁されたことを今更ながらに悟った。今日もこの美容外科では、哀れな奴隷たちがローンを返すために働いている。


(お題:恋の学校 必須要素:この作品を自分史上ぶっちぎりの駄作にすること 制限時間:1時間 文字数:2227字 )

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