第11話 空売り

「副社長が会社のお金を横領して、シャガールの絵を買って、逮捕状が出ているのに、逃げている話、知っているか」

 

 今頃、気づいた同僚に聞かれた。俺は、知っていた。たまたまだったが、この事件が起こる前にこのことを会議室で聞いてしまったのだ。いずれ発覚するものと思い、この会社の株を空売りするために特定口座まで作ってしまった。今の会社の株価で空売りして、紙くずになる前の値段で株を買い戻すってわけ。俺みたいな平社員がそんな会社の機密を本当に知るわけないんだけど、このアホくさいことの顛末は、会議室のようなところで、堂々と怒鳴りあっていた社長と副社長に文句を言ってくれ。普通、料亭とか情報の漏れないところでやるよな。


 俺?紹介が遅くなったけど、この前インサイダーでつかまったやつさ。兄の情報で、株を売ってしまったのが運のつきだったし、「インサイダー」って言葉も知らなかったからさ、サイダー買うことは控えたし、サ行は危ないって、刺身もさくらもちも大好物だったのに、買うのを我慢したのさ。あれから、兄に、「インサイダー」って何か死ぬほど聞いたよ。もう株を売るのは、たくさんだってことで、特定口座を作ってある程度のお金を預けて、空売りするチャンスを待っていたのさ。この会社黒い噂がたえないからなあ。


 そこで俺は副社長の失態を知った時点で、できるかぎりの株を空売りしたんだ。株価が紙くずになる直前に買い注文。これって問題あるのかなあ。情報を知りえた立場にはいないわけだし。「空売り」に「インサイダー」ってことばを、聴いたことがないから、OKだと思うんだけど。


 ちなみに逮捕された副社長は逃げてしまったらしいから、真相がわからないまま、株価はじわじわと落ちていく。買い注文を出すタイミングがわからない。株は、「まだはもう」「もうはまだ」って言うけど、いつ出したらいいんだ?でも、このあたりかなと思い、紙くずになる直前に買い注文して、大金をまんまとせしめちゃったってわけ。今度はインサイダーにならないだろうと思っていたさ。


 でももしかして、俺が「インサイダー」なのかどうかわからないから、俺も失踪することに決めたぜ。株の世界はややっこしいからな。何が正義でなにが悪なのかわからん。


 やがて、副社長がつかまり、事件の全容がわかった時点で、株は一気に暴落して、紙くずになってしまったとさ。


 今のところ、追っ手はこないが、兄貴に説明されただけで、俺は「空売り」ってとく分かっていなかったんだ。まあ、わかったふりして説明しちゃったけどさ。それから俺は「からうり」って言葉に敏感になって、からあげも、からすみも、からーぺんも、からしめんたいこも売っているのは買っていなこれで大丈夫なんだろうか?俺にはわからない。


 相変わらず、スーパーに行ってどの「から・・・」を売っているのが安全かレジにしつこくたずねているうちに、変態と思われたのか、そっちのほうで警察につかまり、お縄になってしまった。


 いったい「からうり」ってなんなのさ。なんでお金が儲かるかいまいち分からん。素人はやっぱり手をだしちゃまずいらしいぜ。特に「空売り」なんてものにさ。


 俺はお縄になったのにもかかわらず、今日もレジに行って、「から・・・」で売っているなにが大丈夫かせめて俺だけにもコピーしてくれと店長に頼み込み、また警察に連れて行かれた。いくら大金が入っても、安心して買い物できないようでは、本当に困るぜ。


 だれか、俺にどの「から・・・・・・」で売ってるものが大丈夫か教えてくれ。せっかくの金も使えないぜ。もちろん謝礼はたっぷりするからな。


 連絡先  karauri@wakaranai.ne.jp

 電話   01234-56-7890


(お題:意外な失踪 制限時間:1時間 文字数:1565字 )

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