第26話 お惣菜コーナーの彼女

 僕はこの春から東京にある会社に勤めることになり、ひとり暮らしをすることになった。今まではお袋にご飯を作ってもらったり、掃除をしてもらったりしていたが、そんな家事もひとりでこなすことになる。お袋に感謝しながらも、僕は上京し、アパートの一室での生活を始めた。


 料理もなにもしたことがない僕が一番最初にやったのはご飯を炊くことである。これができなければ、始まらない。しかし、今は便利で無洗米というものがあるから、普通に二合、米を入れて、水を二のメモリまで入れて、あとは炊く時間をセットしておくだけだった。ご飯が炊ければ、あとはスーパーなどの惣菜コーナーでおかずを買ってくれば、ばっちしだ。野菜不足にならないためにも、カットしてあり、洗ってある生野菜のサラダの袋を買ってきて、それを横におけば夕食のできあがりだ。お袋みたいに手のかかったものはできないが、目玉焼きくらいは作れるようになった。そういった点ではひとり暮らししてみて、お袋のありがたさがわかり、感謝している。

 僕はいつも決まったスーパーに顔を出す。いつも笑顔で話しかけてくれる惣菜コーナーのお姉さんが気になりだした。僕がスーパーに行くのは、だいたい惣菜の安売りがかかる頃で、僕がくるとすかさず、半額の値札を貼ってくれるお姉さんが好きになってしまったのだ。年は僕より3つ上の25歳くらいで、いつも笑顔で接客してくれる。僕がスーパーの惣菜コーナーに顔を出すのは、彼女に会いたいからということもあった。


 ネームプレートには「川口」とあった。川口さんっていう名前なんだ。僕はもっと彼女のことが知りたくなり、足繁く惣菜コーナーに通った。彼女は彼女で、ちょうど惣菜コーナーが半額とか安くなる時間に人が群がるから、僕も半額目当てで通っている客と思われているようだ。この混雑のおかげで、僕はストーカー呼ばわりされずに、堂々とスーパーに通えて、嬉しかった。


 でもある日、僕は見てしまったんだ。会社の休みの日に街を歩いていたら、向こうから彼女と幼稚園の年少くらいのお子さんと旦那さんと見られる人が歩いてきた。川口さんは僕に気づいてくれて、走り寄ってきて話しかけてくれた。


「今日は会社がお休みなんですね」

「・・・・・・」


 せっかく話かけてくれているのに、僕は茫然として、何もいえなかった。失恋だ。涙が出そうになった。


「あ、こちらは、姉の旦那さんと子供です。姉は今日出かけているので、私が姉の子を面倒みているの」

 その言葉に驚きながら、僕は川口さんのお義兄さんに挨拶した。

「こんにちは」

「こちらは、いつも買いにきてくださる大切なお客様です」

 川口さんが紹介して、お義兄さんも挨拶してくれた。


「ぼ、僕は、大切なお客さまは、嫌です!お客様をとっていただけますか?」

 川口さんは茫然としていたが、

「こちらは、いつも買いにきてくださる大切な人です?・・・でいいですか?」

 と言って、顔が真っ赤になっている。


「なんだ、25歳すぎて彼もいないのかと思ったら、ちゃんといて安心したよ」

 お兄さんは納得したように微笑みを見せた。


 かなり強引だったが、僕は川口さんと付き合うようになった。


(お題:春の家事 制限時間:30分 文字数:1340字 )

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