第32話 安い保険だと思ったら高い保険をかけていた
田中さんという本命がいながら、鈴木さんという地味な女と付き合うのは、田中さんに振られたときのための安い保険だった。田中さんが大輪のバラだとしたら、鈴木さんはそれを引き立てる、カスミ草というイメージだった。
鈴木さんは地味な上に、物も欲しがらないし、ちょっと安いものをプレゼントしただけでも、
「ありがとう。嬉しいわ」
とても喜んでくれる。安上がりな女だと軽蔑しながらも、この安さでキープできるのならと思い、とりあえずキープしておく。
田中さんはマドンナ的存在で、プレゼントもそれなりのブランド品を用意しないと、こちらが蔑みの目で見られる。プレゼント渡すときもひやひやする。
「私にブランドものをプレゼントしてくださる方はいっぱいいるの。このプレゼントは・・・」
的な目で見られて、私はおろおろする。鈴木さんをいつも連れていくのは、ワンコインで食べられる近所のラーメン屋だ。安いラーメンをふうふう言いながら食べて、鈴木さんは言う。
「あなたとあったかいラーメンを食べられて幸せだわ」
心からの微笑みに無難な笑みを返しながら、私は思う。全く安上がりな女だな。
田中さんを連れていくのは、高級レストランだ。田中さんはこういうところにも慣れているらしく、
ちょっとでも味がおかしいと顔をひそめる。
「いろいろこういうところは来ているけど、このオードブルの味はなにかしら?」
私はいつもびくびくする。
「ちょっと、シェフを呼んでくださらない?」
私が呼ぶとシェフが帽子を脱いでやってくる。
「このオードブルのお味はなにかしら?XXXXXXXX」
田中さんの話はあとは専門用語すぎてわからない。
「すみません。すぐにとりかえてもってまいります」
私にとっては普通の味だが、食通の田中さんには違う味になっていたらしい。
私はそろそろ結婚したいと思っていた。周囲も結婚し出したし、既婚者のほうが会社の手当てもいい。でも結婚となると、浮かんでくるのは、なぜかカスミ草の鈴木さんのほうだった。貧乏ったらしい、地味女と軽蔑していたが・・・。浮かんでくるのは、安いラーメン屋でもふたりで食べるラーメンがおいしいと微笑んでくれたあの鈴木さんのほんわかした笑顔。どんなみすぼらしいプレゼントでも、嬉しいって心から喜んでくれた鈴木さんのやさしさ。どうしても鈴木さんのことが忘れられず、結果的に私は田中さんに別れを告げて、鈴木さんと結婚した。安い保険をかけたつもりでいたのに、結婚までいたるとは思わなかった。
とすれば、私は田中さんに高い保険をかけていたことになる。思わず、自分の不甲斐なさに笑ってしまった。
ある日、そんな田中さんに出くわした。彼女は大輪のバラだから、もうお金持ちそうな彼ができていた。私が連れていた鈴木さんを靴から頭のてっぺんまで、じろじろと見た。そして勝ち誇ったような笑いを浮かべた。
田中さんは私の耳元で囁いた。
「よく、こんな地味で特徴もない、貧乏ったらしい安上がりな女と結婚する気になったわね」
田中さんは知らない。鈴木さんのあの可愛い微笑みも。やさしさも。
( お題:安い保険 制限時間:30分 文字数:1312字 )
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