第44話 とんかつ

 とんかつには、ソースとマヨネーズである。

 自分なりの配合比率があるのだ。

 ゆえに、とんかつにソースをかけてくる店は嫌いである。


 とんかつの専門店、確かに美味い。

 種類も多い、趣向も凝らしてある。

 間違いなく美味い。


 しかし、私は安いとんかつも好きである。

 脂身のない肉も捨てがたいものである。


つう』が、とんかつにこだわりだしたようだ。

「おう!! 美味い店知ってるんだ俺、連れてってやるよ」

(地元の有名店……)

「知ってる?」

「うん……まぁね」

「でもコレは知らないだろ?シソとんかつ!肉にシソが入ってるの」

「うん……食べたことあるよ」

「えっ……じゃあチーズとんかつは?」

「えっ……うん、食べたよ、このあいだね……」

 しばし、店の入り口で気まずい沈黙。


「まぁ入ろうぜ、俺、常連なんだ」

つう』が店内に進む。

「いらっしゃいませ!! あぁ、いつもありがとうございます」

 挨拶は『つう』ではなく私に……。

 手を挙げた『つう』のフリーズが痛々しい。


 店長が座席を用意してくれた。

 個室に入ると、さらに気まずい。


「個室あるんだな?」

つう』がボソリと呟く。

「うん……」

「よく来るの?」

「月1回は……」

「そうなんだ……」

「いや、会社の会議でさ、食事するとき、ここの店使うんだ」

「あぁ……そう……それで知ってたんだ、店長」

「う……うん……」


 しばらく沈黙。


「個室初めて入ったよ……」

(もういいよ……)

つう』に聞いてみた。

「何回か来たんだろ?」

「3回目……」

(あぁ……じゃあ顔は覚えられてないのも無理はないかな)

「そうなんだ」

「手とか挙げちゃった……」

「いや、うん……いいんじゃない、向こう気にしてないって」

「そうだな、3回目だしな……」

(勘弁してくれ)

 どんだけ自信あったんだよ。


「まぁ食べようぜ!なっ!!」

つう』にメニューを渡す。

 彼は開くこともなく

「お前の、おすすめでいいんじゃないかな?」

(やさぐれた)

「そのほうが間違いないんじゃないかな?」

(いじけた)

「俺、所詮3回目だしー」

(キレだしたー)


 よほど『つう』のプライドを傷つけたのだろう。


つう』の脳内予定では


 初めてだよこの店

   ↓ そうか?俺は何度か来てるけど。

 何が美味いんだよ

   ↓ こんなに種類あると選べねえか?しょうがねぇな~。

 俺のおすすめでいいのか?

   ↓ あぁ任せるよ。

 シソとんかつ?なんだソレ知らないよ。

   ↓ シソの酸味と和風ダレが美味い、さっぱり系とんかつだ。

 よく知ってるな~、スゴイな~。

   ↓ そんなことねぇよ、たまに来るだけだけどな。

 美味いな~、さすがだな~。

   ↓ まぁとんかつってのはさ~云々……。


 という予定であったであろう、彼の脳内シミュレーション。

 入店1歩目で撃沈。


 そこへ、店長が顔をだした。

「桜雪さん、いつものにしましょうか?お連れ様もいらっしゃるようですし、ぜひ、どうですか?」


 チラリと『つう』を見た。

 彼はすでに下を向いていた。

 畳の目でも数えているかのような目で畳を見ている。

 こっぱミジンコ!!彼の口癖であるフレーズが頭に浮かぶ。


「じゃあ、お願いします」

「はい、ありがとうございます」


 沈黙アゲイン。


 とんかつに串焼き、豚汁そしてポークケチャップ、これが美味い。


「美味いだろ?」

「うん……とんかつしかないと思ってた……」

(まだ回復しないんだ)

「まかないから出してくれるんだよ、家庭料理みたいのだけど」

「うん……まかないか~」

「あぁ、だから、いつも同じじゃないんだけどさ」

「いつも……か……」

(あっヤバッ!!)


 ダメだNGワードが多すぎる。

 耐えらんねぇ!!


「桜雪さん、ありがとうございました。お連れ様も、またっ」

 店を後にして、しばらく『つう』は

「まかない……まかない……お連れ様……お連れ様……」

 ぶつぶつぶつぶつ繰り返していた。

 呪いの呪文のようである。


 それから、『つう』は行く先々で『まかない』を要求した。

 初めての店でも

「今日のまかない、なんですか?」

 その執念は鬼気迫るものがあった。

 どうしても、まかないが食べたいわけではない。

 まかないを出してくれる店の顔なじみになりたかったのである。

 順序が逆なのだが、そういう男なのだ。


つう』は店を選ばなかった。

 飲み屋から食堂、牛丼チェーン店でも要求した。

(牛丼チェーンのまかないって、牛丼だろう)

 もちろん店側は

「はっ?」

 って、なっていたが……。


 それから何か月か経ったある日。


「おう!俺の行きつけの店に行かないか?」

 彼から食事に誘われた。

 昼食か?珍しい……。

 午後1時、駅で待ち合わせる。

 少し遅れて『つう』が来た。

「おう!!今日は3時くらいにならないと出せないらしいんだ」

 唐突ではあったが、まかないのことであろうと思い

「そうなんだ、まぁ時間潰そうぜ」

 と声を掛けると

「いや、メシにしよう、ラーメン屋があるんだ」

(えっ?まかない食うんじゃないのだろうか?)

つう』のおすすめラーメン屋へ向かう。

 徒歩数分の小さな店。

 定休日。

(まぁ、あり得ることだ)

 近くの店を慌てて探す『つう』。

「この店じゃないよ」

(ウソつけ!!)

「え~と、ここだ!!ここがおすすめ」

 席に座った『つう』に

「すいませ~ん、ウチ食券制なんで」

(初めてだな)

「そうだった、そうだった」

 食券を買う『つう』、味噌ラーメン。

 いつものことだ、だいたい初めての店では味噌を頼むのだ。

「結構、有名人も来るんだよ、ここは」

「へぇ~そうなんだ」

(そうだろうな~、色紙がいっぱい張ってあるからな~)

「おう、お前の好きなバンドも来たんだぜ」

(うん、そこに張ってあるな写真)

「美味いんだ、有名だから」

(有名かどうか知らないが、駅の近くでホテルも近いから、よく来るんだろ)


 ラーメン食って、ちょうどいい時間だ。

「よし、行くか」

「どこへ?」

「行きつけの店だ!! 食わせてやるよ、店頭に並ばない、まかないってヤツを」

(根に持ってるんだな~)


 車で数分、着いたのはパン屋さん。

「すいませ~ん」

「いらっしゃいませ、あぁ~取っておきましたよ」

 店員さんが、心なしか迷惑そうな顔である。

「はい、コレ」

 と差し出したもの大きな袋に入ったパンの耳。

 サンドイッチの余りだそうだ。

「いいよ30円で」

つう』は嬉しそうにパンの耳を持って、30円支払ってました。

(まぁ、本人が満足ならいいんだけど、俺を誘わないでくれよ)


 車で、パンの耳を食う彼は、満足そうであった。

(なんか色々妥協したんだろうな~、コイツのなかで……)

 あっ!!パン粉繋がりか?……いや深読みだ。



 次回 映画館にて

 昔の映画館はポップコーンしか無かった。

 それを買ってもらうのが楽しみでもあった。

 いつからか?ナチョスなどという食べ物が販売されるようになったのは。

 美味いけどねナチョス。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る