第14話 初イタリアン

 いつからだろう、スパゲティをパスタと呼ぶようになったのは…。

 その日、少し遠出をした。

 田舎の市から県庁所在地へ車で走っていた。

 私は、コレクション癖が強い。

 あのときの私は、チェスの駒を集めていた。

 どうしても欲しいチェスの駒がソコにある、私の週末の予定は決まった。


 ひとりで行くつもりだった。

 なぜ、『つう』が助手席にいるのだろう?


 店に入ると、いい雰囲気である。

 ビリヤードのキューを眺め、チェスの駒を愉しみ、

 ラジコンのサーキット場でダンスのような操縦に感心する。

 私は楽しんでいた。


ルビを入力…』は、つまらなそうである。

 私と彼は共通の趣味がないと思う。


 飽きてきている彼に急かされ、目当てのチェスの駒を一つ買った。

 98,000円!!

 駒一個、98,000円、しつこいが、SETではない。

 ワンピース98,000円である。

 海賊王に俺はなる!!くらいの意気込みで購入したのである。


 満足であった。


 早く家に帰って、ガラスケースに飾るのだ。

 配置は考えてある。

 早く、家に帰って、ガラスケースで輝く駒達を眺めるのだ。


 私は、運転しながら、その光景を想像していた、至福のときである。


 パーン!!

 と破裂音、その後に安い火薬の香り、充満する煙。

 パーン!!

 再び破裂音

「待て~ルパ~ン!! オホホホホホホ」

 助手席で、紙火薬の鉄砲を右手で鳴らし、左手では手錠をクルクル回している。

 前の車にルパンが乗っているのであろう、脳内劇場が開幕していた。


 早く降ろしたい、なんなら今からでもルパンを追いかけて、世界中を駆け回ってもらいたい。


 紙火薬が無くなるまで、彼の脳内劇場は続いた。


「いいもの買った~」

 満足気に、プラスチックの拳銃を色々な角度から眺め、

 正面に構え、遊んでいる。

「逮捕する!!」

 突然運転中の私の左手に手錠をかける。

「自分が何をしたか、解っているのか!!」

 車内で叫ぶ『つう

 どうやら第2幕の開催である。


つう』が静かになって数十分、

「腹が減った」

 と騒ぎ出した。

「もう我慢できない、トイレも行きたい」

 本当になんで連れて来ちゃったんだろう。


 国道から外れて数分、いい感じのイタリアン。

 こじんまりとした、雰囲気のいい店だ。

 ここに入りたいけど、なんだかな~、隣が嫌だな~。

 少し駐車場で、降りるのを躊躇ちゅうちょしていると

 心配することはなかった。

つう』はすでに店の入口前だ。


 入ると、すぐにお冷が運ばれてきた。

 水にミントが一枚浮いている。

 あ~清涼感。

「ねぇ、草が浮いてる」

 小声で『つう』が聞いてくる。

 無視でいい、無視でいい。

 メニューに目を通す、コースで頼みたいけど、

 なんかまた、うるさそうだから、軽く済まそう。

「ねぇ、知ってる食べ物がない」

「知ってるの頼めば?」

「いや、ないの、解るのないの、お前なんにしたの?」

「ペンネアラビアータとカプレーゼにする」

「全然、解らん。聞いたことない。何料理?」

「ここ、イタリアンだよ、店の外にも国旗あったでしょ」

「旗?あぁ、イタリアの旗なんだ~、スパゲティとピザか」

「あぁ、まあそうだな」

「スパゲティないよ」

「パスタで統一してるんでしょ」

「えっ、パスタってスパゲティなの?」

 面倒くさい、もう嫌になってきた。

 私は顔に出るタイプだ。

「いや~初めてなんだよ、イタリア料理」

「前に、ピザ食べたじゃん」

「ピザ、あー魚のね」

「そう、魚のね」

「アレ旨かったな~アレにしようかな、でも違うのも食べてみたいんだよね~」

「なに食べたいの?」

「それが解んないの!! 初めてだから」

「じゃあ、シンプルなのでいいんじゃないの!! ミートソースとかピザならマルゲリータとかで」

「だから、食べたことないのがいいの!!」

「お前が食べたことあるのは、ナポリタンとミートソースとシーフードピザ《メザシピザ》だけなんでしょ!!なに食ったって、ほぼ初めてじゃないのか」

「俺、スパゲティがいいんだよ」

 堂々巡りである。

 残念なことに、メニューに写真はなく、彼には想像がつかない言葉の羅列。

 私も説明するのは嫌だし面倒くさい。

 私はふと閃いた。

「コースにすれば?」

「コース?」

「前菜からデザートまで一通りあるし、お任せで」

「あ~そういうのあるの、うん、それにする」

 やっと決まった。

 長かった。


 ――コースの感想。

 サラダ

「野菜これだけ?すっぱいよコレ、パプリカ?楽器みたいな名前だね。えーっ!!チーズなのこれ?味しねえ」


 パスタ ボンゴレロッソ

「なんか、ナポリタンのほうがいいな~、油っぽくない?この野菜、新鮮じゃないんじゃない、なんかしなびてんだよな、肉もグニャグニャしてるし、えっアサリなの、貝なのコレ」


 メイン 牛モモ ロースト バルサミコ

「肉だ、スパゲティのおかずで食いたかったな~、なんで一緒にでてこないのかな~、肉だけって食う?ごはん的なものないの?焼肉で、ごはん頼むでしょ!!なんか、熱くないんだよな、作り置き?冷めてんじゃ~ん」


 デザート

「アイス、旨いね。俺、イチゴ味が良かったな」


 補足

 タバスコって緑のもあるの?

「あっ辛っ!! なんだ、酸っぱいし…水くせぇ、なんかスカスカして気持ち悪い、葉っぱいらないよ、すいませーん、ふつうの水ください」

 食後の感想。

「なんか、アイス以外は酸っぱいし、辛い」


 会計

「えっ、4,000円もするの!2人ででしょ?俺だけ?お前が勝手に頼んだんじゃん、やだよ、旨くないし、お昼で4,000円なんて払ったことねえよ……えっ奢ってくれるのマジ?助かる、1,000円くらいだと思ってたからビックリしたよ、1,000円払おうか?まぁ、でもお前が勝手に頼んだんだからな、今度奢るよ。」


 その夜、私がガラスのコレクションケースの前で、チェスピースの駒の配置や角度を変えて眺めていると、携帯が鳴った。

「俺さぁ、イタリアン食ったじゃん、嫁さんに説明してやりたいんだけど、俺、食ったのなんだっけ?最初から教えてくんない?」

 私は、ピッと電源をオフにした。


 翌朝、車のドアを開けると、とてつもない火薬の匂いと、助手席に紙火薬のゴミ。

 やっぱり、私は、あの男が嫌いである。


 次回 こだわりのコーヒー

 豆から選ぶ、コーヒー道は奥深い。

 私は、コーヒーも牛乳も飲めません。

 でもコーヒー牛乳は飲めます。カフェオレは嫌いです。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る