第13話 危険なミートボール

つう』が女性と付き合ったことが無いころのことである。

 同じ店舗に時間差で配属された『つう』と私。

 会社の寮に先輩と彼そして私の3人で住んでいた。


 この寮での思い出は多く、貧乏ながらも楽しく暮らしていた。

 料理も当番制で、誰かが作ったクリームシチューが半分くらいになると

 ビーフシチューになり、さらに半分になると、カレーになるという、

 中身がジョブチェンジを繰り返す不思議な鍋が存在していた。


 色々とある思い出の中で、一番印象に残っているのは、

つう』が初めて女性と付き合ったことだ。


 先輩と私には彼女がおり、『つう』は女性との交際経験もなく、

 つねに彼女を作ろうと必死であった。

 気になる子に写真を贈りたいからと言いだし、

 インスタントカメラ3台撮り終わるまでカメラマンをさせられたりしたものだ。

 まあ、たいした知り合いでもない人から、マイベストショットを貰っても、私なら捨てると思う。

 彼は現像された写真を真剣に吟味して、色んな女性に配っていた。

 今だったら、警察に相談されているかもしれない。

 そんなロビー活動が実を結んだのか、彼にも彼女ができたのである。

 日々、浮かれる彼を、みんなが微笑ましく見守っていた……最初は。


 1か月もすると、『つう』は欠勤が目立つようになっていた。

 店長から、事情を聴かれた私は、彼女ができてと伝えた。

 その後、『つう』は、幾度も店長に呼び出されては泣いていた。


 しかし、『つう』はとにかく彼女に夢中で、

 彼女の勤務先への送り迎えを毎日のように、こなしていた。

 彼は退社時間の10分前には、タイムカードの前に立ち、

 1分前にはカードを差し込んで、ジャストで押し込み、

 走って駐車場へ飛び出し、彼女を迎えに行っていた。

 最終的には、フライングして、1分前に押しちゃったり、我慢できなくなると、

 10分前に押していた。

 経理処理上、早退である。

 当然、会社で問題になるはずなのだが、問題にならなかった。

 なぜなら、彼のタイムカードの名前は、吉川きっかわ 光太郎こうたろうと書いてあった。もちろん彼の本名ではなく、彼の敬愛する、吉川きっかわ 晃司こうじにあやかった憧れの名前Longing nameである。

 当時、アルバイトにも吉川きっかわと呼ばせており、

 陰では吉川バカと呼ばれていた。

 私は面と向かってバカと言っていた。

 月末、タイムカードは本社に回収され、それをもとに給料が振り込まれるのだが、

 その月は本社から事務員にアルバイトのタイムカードが間違って混じってたよと連絡があったそうだ、吉川よしかわさんって人の…と…。

 事務員も、気づけばよかったのだが、ウチに吉川よしかわなんてバイトいませんよ。

 あれ、他の店と混ざったかな、と本社で謎のタイムカードとして数週間保留されていたようだ。

 結果、彼の給料は当月分振り込まれず、彼が本社に怒って電話したところ、

 事務員の処理ミスが疑われ、本社に呼ばれる問題となり、紆余曲折を経て、

 事実が明らかに…店長と彼は、3か月の減給処分となった。


 彼が会社で起こした問題は、解雇になるまで続くのだが、表題とは関係ないので割愛しよう。


 恋の結果は、『つう』は彼女に40万(と記憶してる)のルビーの指輪を別れを告げられ、寮の自室にて、

 暗い部屋でシクシク泣きながら、灰皿で彼女の写真を1枚、1枚燃やしていた。

 途中で先輩がカラオケでもと、ふすまを開けたが、とても見ていられる光景ではなかった。

 彼女は、大学生とも付き合っており、彼は都合のいいアシでありサイフであった。

 昔から、あの女は、そういう女なのだ。

 私は彼女が高校生の頃から、そんな噂が付いて回る有名な女だと知っていた。

 一応、彼には話したのだが、

 私の胸ぐらを掴んで、悪く言うなと凄むので、それ以上言わなかった。


 表題の件は、少し前にさかのぼる。


 ――写真を女子高生のアルバイトに渡し彼は彼女にこう言った。

「コレ、俺の写真、学校で皆に見せてくれないかな、何枚でも焼き増せるから、

 あっ、また新しいの撮ったら渡すよ」

 頼まれてもないのに、自意識過剰極まりない。

 自分の写真の需要があると疑わないのだ。

 もし、需要があったとすれば、カメラマンである私の腕だ。

 当然、彼女から相談を受けたことは言うまでもない。

「捨てちゃえば」

 私のアドバイスである。

「うん」

 コンビニのゴミ箱に『つう』のマイベストショットは放り込まれた。


 ――何日かして、そんなことを完全に忘れていた私に、

 パートのおばちゃんが弁当を差し出した。

「コレ、あんたに渡してくれって、女の子が持ってきたよ」

 と可愛らしいランチクロス。

 どうも、と受け取ったものの覚えがない。

 確かに、当時の彼女は高校生であったが、彼女ならば、直接渡してくるはずだ。

 嫌な予感がしたのだ。

 私は昼食時に開けてみたのだが、いたって普通の弁当だ。

 食べる気は、まったくなかったので、もう一度包みなおした。

 少し遅れて彼が休憩室に入ってきた。

 私は彼に

「あっコレ」

 と説明しようとすると

「おー弁当か、いや、この前さ俺の写真をね、女子高に配ったの、さっそくか~、まあよく撮れてっからな~、お前の腕でもあるんだぜ」

 と弁当の蓋を開けた。

「あ~……まぁ良かったな」

 写真をゴミ箱に捨てさせたこともあり、なんか、言いにくかった。


 私がカップラーメンを食べ始めると、

 彼は、休憩室にいる全員にマイベストショットの効果だと得意気だ。

「いや~参りますよね、店には迷惑かけないようにしますけど、なんかあったら、すいません。には言って聞かせますけどね」

 と弁当を開けたまま、見せびらかせながら1周してきた。

 すでに『つう』ファンは複数形になっていた。

 アイドルが出待ちのファンにもみくちゃにされているような妄想が膨らんでいるんだろうな~と思った。

 普段からズボンのファスナーを開けっ放しで店内に出て、

 いろんな人から注意されているような男にファンはできないと思うが、

 舞い上がっているというより、

 なんだか、あるべき状態に収まった的な余裕の表情なのである。

 なんなら、私など、専属カメラマンに取り立ててやる的な扱いである。


「さてっ食べてやるか」

 やっと弁当を食べ始めた。

 いつものように、塩加減がどうの、メシとのバランスが悪いなど、うるさい男である。

 横目で見ていると、ミートボールを巧くつかめないようで、箸で悪戦苦闘している。

 刺して食うかと思いきや、指で摘まんで口に運ぶ。

 こんな男、絶対に嫌である。

「ンガッ!!」

 と彼の動きが止まった。

 なんだと、みんなの視線が彼に注がれる。

 彼は机に口の中のものをベッと吐き捨てた。

 茶色の塊、きたない限りである。

 私がムッとして

「おいっ!!」

 と注意しようとすると、

 彼は無言のまま、右手で私を制する。

 ティッシュをとり、口の中を拭って、そのティッシュを確認する。

 真っ赤である。

 血で真っ赤になっていた。

「口切ったのか?」

 と聞くと

「なんか、刺さった」

 彼は吐き出したミートボールを指で軽く弄りだした。

 彼が摘まんだのは銀色の針金のような小さな金属。

 私が弁当のおかずを箸で割ると、残った2個のミートボールにも針金が入っていた。


 怖い話である。


 洗面台で口をゆすぐ彼に、心の中で謝った。

(なんか、ごめん)

 もともと、私宛に届いた弁当であるのだから。


 ほどなくして、彼から相談をうけることになる。

 アルバイトの女の子をデートに誘いたいと、

 私は、いつになく真剣にプランを練った。


「いや~助かったよ、うまくいったね、あれは、お前に相談して良かったよ」

 と彼はご満悦であった。

 アルバイトの女の子に、うまくいきそうなんだって、と聞くと

「2度と行きません!!」

 と私の前を、不機嫌丸出しで横切る女の子。

 主観の相違ということである。


 次回 初イタリアン

 言葉の移り変わりに置いて行かれることもある。

 時代は前へ進む、お前を残して……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る