第15話 こだわりのコーヒー

「買え!買え! 何? じゃあ売れ!売れ!」

 携帯を耳に当て、ショッピングセンターの通路を大声で話しながら、

 私へ近づいてくる服装のセンスの悪い男。

つう』である。

 待ち合わせの場所へ、30分遅れのご登場である。

 全体的に、だらしがないんだよな。

 汚いというか、臭いし。


「携帯買ったの?」

「おぉコレか、実はコレおもちゃなんだよ、オホホホホ」

 癇に障る笑い方。

「誰かに話してたじゃん、買えとか、売れとか」

「あ~、聞こえた?なんか最近、こんな感じなんだ。コレ持つと、なんかね、自然と口から出てくるんだ、俺そういうの似合うじゃん」

 いよいよかな~家族はどう思ってるんだろうな、心配じゃないのかな?

 やまいの匂いがするんだよな、最近とくに…。

 本人も、なんか最近こんな感じだと症状を訴えている。

 この間、蓄膿症で入院したときチャンスだったのにな~、

 膿が脳にも回ってたりして、ていうか、脳みそが膿だったりして。

 だから口臭いのかな?

 なんて考えていた。

 30分待たされて、私は不機嫌であった。

「お前も、こういうの、ちょっとは意識したほうがいいよ、便利だし、お前には必要ねえか? オホホホホホ」

 とおもちゃの携帯を指さす。

 買ってから言え!!


「最近、コーヒーにこだわってるんだ、コーヒーメーカー買っちゃおうかな?色々飲んだけどね~最近は毎朝飲んでるよ、もう飲まないと1日が始まらない」

「そう、お前がどう思おうと、1日は勝手に始まって、勝手に終わるよ、心配するな、世界はお前が思ってるほど、お前に興味ないから」

「世界か、あぁ狭い日本に生きてるお前には、縁のないことだな」

 東京にすら行ったことがない男が、何言ってんだバカ。


「で、今日はナニ、コーヒーメーカー買うの?」

「いや、お前とコーヒー飲みたかっただけだけど」

「俺、コーヒー飲めないからパス」

「えっコーヒー飲めないの?お前はホントに舌が子供、それなりのところで、お前とメシ食うと、恥ずかしいときあるよ。パフェとか言っちゃうんだもん」

 じゃあ、誘わなければいい。

 一緒に食事したくないのは、お互い様である。


 携帯電話が珍しく、スタバなど聞いたこともなかった、そんな時代である。


「飲めなきゃしょうがねえや、行きつけの店に行こうと思ったけど、お前がソレじゃな~連れて来たくないな、悪く思うなよ、楽しめないヤツを連れて行ってもしょうがない。豆を見に行くか」

つう』は勝手に決めて、輸入雑貨店へ向かった。


 正直、付き合うことにしたのは、専門店に行くと思ったからだ。

 飲めないが、豆の香りは嫌いではないのだ。

 それに、葉巻やコーヒー豆の専門店は、面白い話を聞けるのだ。

 私もそういう店を知っているし、何度か訪れている。

 プレゼント用だがブレンドしてもらったりもした。


つう』が連れてきたのは、パックで粉を売る、雑貨店であった。

 もう、面白くなくなった。

 インスタントコーヒーが、いっぱい売ってる店じゃん。

 興味もない。

 輸入菓子のコーナーを眺めていると、

 私に聴かせるように、大きな声で店員と話している。

「ブラックは飲めない」

「テイスティは酸っぱい」

「オリジナルは飲みやすいですね」

 独りで絶好調である。

 私は、豆に詳しくはないが、知らない単語が出てこないな~とは思っていた。

 なぜか親しみがあるのだ。

 しばらくすると、ひとつ購入したらしい。

 ソレがなんであったかは覚えてない。


 帰り道、コンビニで、缶コーヒーを買う『つう』。

 ストッカーに並ぶコーヒーを横目に眺めると、なるほど親しみがあるわけである。

 ジョージア缶コーヒーである。

 彼は、コーヒーを飲み比べていた。

 おそらく缶コーヒーを。

 店でも、缶コーヒーの名前を並べただけだったと思う。


 相変わらず、薄っぺらい男である。


「エメラルドマウンテンって知ってる」

 私は彼に聞いてみた。

「あぁアレ甘いよ、ブラックは、ちょっと飲みにくいけど、甘すぎるのもな~」

「そのメーカーのも甘いの?」

「はっ?バカだな~エメラルドマウンテンは、缶コーヒーの名前でしょ、やっぱ連れてかなくて良かった、恥かくとこだった」

「エメラルドマウンテンは豆の種類だよ、俺の知ってる店、豆から売ってるし、好みでブレンドもしてくれるけど、行ってみる?」


 無言の帰宅であった。


 気まずい車内に、ピピピと私の携帯が鳴った。

 会社からだ。

 要件を伝え、電話を切ると

「携帯買ったの!!」

「あぁ」

「そうなんだ……番号教えて?」

「そうだな、メモ渡すよ」

「俺も買おうかな~」

「あぁ、でも聞こえてこないぜ、俺には買えとか、売れとか」

「あぁ…うん」


 何年かして、携帯も、当たり前のアイテムとなった頃、

つう』もコーヒーメーカーを購入した。

 豆を自分流にブレンドするんだ。

 などと言っていたが、購入はインスタントの粉である。

 良くは知らないが、私は豆からゴリゴリ挽いてコーヒーを作る機械だと思っていた。

 事実、彼は豆を語っているのだから。

 どうやら、粉を置いて、お湯がでるだけらしい。

 私にはポットとの差が良くわからなかった。


 ある日、パタリと豆を語らなくなった。

 相変わらず、待ち合わせ時間の早い彼が、向かうのがセブンイレブン。

「コーヒーを飲み歩いた俺が行きついたのはコレ!!」

つう』が最近、一番おいしいと言って、はばからないコーヒーはセブンイレブンである。

 悪いとは言わない、ただ釈然としないだけなのだ。


 次回 残り湯

 怒らせたほうが悪いのか、怒る方がわるいのか。

 ゆとり教育世代が問題になっているが、

 ゆとり教育に悩む世代の彼が、逆目線で問いかける。

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