第16話 残り湯

 深夜、日付をまたぐ頃、携帯が鳴った。

つう』である。

 メールではない、着信だ、正直でたくない。

 切れないかな――――、切れなかった。


「はいっ?」

 私は不機嫌そうに電話にでた。

「俺…はぁ~死にたい」

「うん、そう」

 私は、どうでも良かった、すぐ死にたがるのだ。

 以前も、電話をしてきて、死にたいとか言い出していた。

 よくよく聞くと、車でカマ掘ったとのこと、今から警察に電話すると報告してきた。

 いや、先に警察だろ…。

 電話から聴こえる、ゴンゴンという音は、掘られた相手が窓を叩いている音らしい。

 お構いなしに私に電話しているせいだろう、クラクションやら、怒号やらが聴こえてきた。

 早く、警察に電話して相手に謝れと言うと

「警察に電話すると、俺が悪くなるじゃん、ちょっとぶつけただけで、責められたくない」

 だそうだ。


 今回は、どうしたのだろうか?

 どうでもいいのだが。

 切っても、切っても、掛けてくるので、嫌々、聞くことにした。


「俺さあ、仕事、午後3:30には終わるじゃん」

(知らないけどね)

「まぁその後、帰ってもいいんだけど施設内の草むしりとか自主的にしてるわけ」

(あぁ、せっかく植えた芝生を刈り取って怒られたって言ってたな~)


「今日は、廃棄物回収車を洗ってたの」

(前、専用の業者が汚染作業するから使用後は触るなって怒られた車かな~下水に洗浄水流しちゃダメなんだっけ、あのときも、市役所に顛末書を提出する騒ぎになったって電話してきたな)


「俺、契約社員だろ、なんかしないと契約更新してもらえないと思って、色んな人の手伝いしようと、声掛けてんだわ」

(余計なことしなければ、更新してもらえるんじゃないのかな)

「この前も、回収車のハッチ開けっ放しで走ってて、市役所に、スゲー数の電話が入ったみたいで、所長、市役所に呼びつけられて、怒られたんだって」

(何、運んでたの?お前……汚染物質とかじゃないよね、怖いよ)

「ハッチ、ウイングでさ、上に開くんだよ」

(あぁトラックとかのアレね)

「そのまま山道に入るじゃん」

(知らないけどね)

「低い電線に引っかけて、線切っちゃった」

(ニュースになったろうな)

「俺、引っかけたの知らなくてさ、そのまま走ってトンネル入ろうとしたら、ドア上にぶつけてハッチ壊しちゃった」

(それ、事故じゃなくて事件じゃない。馬鹿のドミノ倒しだな)

「だからさ、今日はおとなしく帰ろうと思ったんだ」

(それがいい、地蔵のように動くな、きっとそれがBESTだ)

「でね、食堂に行ったの、カップラーメン食って帰ろうと思ったの」

(真っ直ぐ帰ればよかったんだろうな、たぶん)

「俺がお湯入れたら、お湯が無くなったんだ、だからポットに水足したの」

(うん、今日はスケール小さいな)

「んで、そのまま食べてたら、所長がきてさ、所長もカップラーメンだったんだ」

(うん)

「俺の前に座ってさ、色々、小言、言うわけさ」

(うん、所長の気持ち解る)

「で、所長ラーメン食おうとしたら、水じゃん」

(ん?)

「水入れたばっかだからさ、ラーメンできるわけねぇじゃん」

(う…ん)

「ポット最後に使ったヤツだれだ!って食堂で怒鳴るわけ」

(ラーメンで怒鳴るってうつわちっさ)

「食堂では、湧く前のポットは所定の位置に置くことになってるの」

(あぁ、そういうルールね)

「俺、目の前に置いてたんだ」

(あ~)

「俺、黙ってたんだけど、食堂のおばちゃんが、俺を指さしたんだよ」

(うん、お前だしね)

「俺、そのまま、所長室に呼ばれて、車両課長とか、ロクにあったこと無い人まで呼ばれてて、みんなにスゲー怒られたの」

(気持ちのスイッチって、そうなんだよな~デカいことより、小っちゃいことの方がトリガーになるんだよな~)

「で、今まで怒られて、今、駐車場にいるの」

(えっ、今って、深夜12:40だよ)


 私は念のために聞いた

「今まで怒られてたの?」

「あぁ、さっき帰れって言われた」

「あぁそう…で?」

「……死にたい」

(あ~色々、積り積もったんだろうな~所長も、みんなも)


 想像するに、もっと色々あったのであろう。


つう』は、契約満期を待つことなく、その仕事から外された。

 一応、満期前なので、満期までの残り数か月を、ほうきと塵取り以外に

 触ることを禁止され、限定された廊下の清掃係りとして過ごすことになった。



 思えば、『つう』は転職が多いのだが、自主退職をしたことがない。

 つねに解雇か倒産である。


 1社目は私と同期入社したが、私が副店長時代、会議で解雇者リストを公開されたときに、彼の名前があった。

 ちなみに、前述の『グレーな味噌ラーメン』の同僚の名もあった。

 経営の悪化を感じた私は転職活動の後、自主退職したが、

 彼らは、計画閉店させる店に集められ、業績不振の責任を押し付けられ解雇となる。

 予定通りではあったが、憐れに思った。

 私は退職後、すぐ彼らに転職を薦めたのだが聞き入れなかった。


 2度目は、彼の勤務態度やクレームの多さを問題視した同僚達が一致団結して本部へ直訴したらしい。

 直訴状に添えられた、彼の問題行動レポートは箇条書きでビッシリ20枚以上あった。

 なぜ、私が知っているのかというと、彼に呼び出され、海に連れて行かれて、

つう』が無言で差し出してきたレポートの束がソレだったのだ。

 斜め読みしたので、詳細は詳しく記憶していない。

 覚えている一文は、

 早退理由が頭がかゆいであり、2日風呂に入ってないので仕事に集中できない 

 こんな理由がまかり通るのか?という内容であった。

 それも一度や二度ではないらしい。

 どう思う?と聞かれても、困ったものである。

「副店長の差し金なんだよ、店長は俺を買ってるからな」

 と言っていたが、しっかり店長も

「これ以上、面倒見れないので、お力添えを」

 と本部へ泣きついた一文があった。

「読んだコレ」

 と聞くと

「いや、読んでない、お前に読んでもらおうと思って」

 私は、人の居ない初冬の海で、大きな声で読んでやった。

 彼はタバコを吸いながら泣いていた。


 自業自得である。



 次回 とある女性の夕食事情2

 アイスばっかり食うからだよ。

 お楽しみに。

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