第29話 馬肉

「この前、ユッケ食べたんだ、お前食える?」

「いや、食ったことないが、見た目が嫌いだ」

「はぁ~肉ってさぁ、生で食べて初めて良し悪しが解るもんじゃないの?」

「そういうものかね~」

「そりゃそうだよ、牛でも、豚でも」

(豚?聞いたことねぇよ)

「牛肉も生だとなぁ~、なんか気持ち悪いんだよ」

「牛のユッケも旨いけどね、俺は馬、最近は馬肉のユッケにハマってる」

「馬肉…いや食いたくないね」

「旨いんだって、食いに行こうぜ、これから」

「これから?いや、いいよ…食いたくない」


つう』にハンドルを任せている以上、抵抗は無駄である。


「どこの店行くの?」

「〇〇市」

(2つ向こうじゃねぇか!!)


「俺さぁ、そこらのとんかつで充分満足できるんですけど」

「お前は、これだから嫌だよ」

「なにが?食いたくもないモノのために、片道2時間の移動の価値が解らない」

「旨いモノを食いに行くのに、時間とか考える?」

「嫌いだもん、考えるよ」

「あの脂身のない赤身の肉を卵でグチャグチャと混ぜて…考えただけでも、たまらない」

「俺は、とんかつも、ちょっと脂身がないと寂しい気がするくらいだから、遠慮するよ」

「脂身?あ~嫌だ!!マズイ部分じゃん、やっぱ粗末なもの食ってんだな、お前は」

 口では、農業!!農業!!とうるさいくせに、なぜいつも、肉!!肉!!なんだ?

 しかもユッケって、いきなり方向転換の角度がキツイよ。


 長い移動中、道路の左右には、様々な店が視界を流れていく。

 新幹線なら東京着くよ。

つう』は高速道路を使わない、自腹が嫌なのだ。


「まだなの?」

「もうちょっとだ」


「まだなの?」

「う~ん?」


「さっきから、同じ所、回ってない?」

「そんなことねえよ」


「この店、さっき見た」

「気のせいだよ」


「迷ってんだろ」

「…違うよ、店選んでんの!!」

「お前、ハマってるって言ったよな、行きつけなんじゃねぇのかよ」

「この前、はじめて行ったの、はじめてユッケ食べたら旨かったんだよ」

「今回2度目か?」

「そうだな」

「ユッケも1回食っただけか?」

「まぁ…そうだな」


 これだよ、だから嫌なんだよ。

 知ったかぶりで、見栄っ張り、1回食って通気取り。


「帰ろう」

「えっ、大丈夫だよ、もう近くだから」

「店の名前、なんて言うんだよ」

「えっ、なんだっけなぁ~、ちょっと思い出せない」

「名前も知らないの?」

「忘れたんだって!! 大丈夫だよ!! 店の前に行けば解るから」

「はじめていく俺だって、店の前に立てば、名前くらい解るわ!!」

「なんとなく、覚えてんだよ、正面の感じとか、あっ!!なんか木造で赤い看板だった」

「山ほどあんだよ、そんな店は」

「焼肉なんだよ」

「そうだろうよ!!ユッケだからな」

「小さい店なんだわ」

「余計見つけにくいだろ!!」


「帰ろう」

「いや、どうしても食わせたい」

「あのなぁ、だったらなんで調べておかないんだよ」

「いや、行けると思ったんだ、あのときも、迷ったあげくに寄った店だし」

「はぁ?」

「いや、はじめて寄ったとっきも迷ってたの」

「偶然寄った店なの?調べて行ったとかじゃなくて?」

「あぁ、それで旨かったんで、お前を連れて行こうとしたんだ」

「今日も、迷ったら着く気でいたのか?」

「まぁ、だいたいの場所は解ってるんだ、車降りて探そうかな?」

 昔話でも定番である。

 迷った先で良い思いをして、また行こうと思っても辿り着かない。

「あのパチンコ屋をー、右手に見て…反対に曲がったっけな」

 大体、『つう』の道の覚え方は、パチンコ屋を起点に右・左で判断している。

 だからパチンコ店が同じ系列だと、よく錯覚をおこすのである。

「ちょっとあのパチンコ屋の駐車場に行かないと解んないな~」

(嫌な予感がする…この期に及んでパチンコを打つ気か?)

「あの時も、打ったんだよ、ちょっと勝ったんだ!!打てば思い出すかも」


「帰ろう」

「いや、大丈夫だから、絶対この辺なんだよ、そうだ二手に別れよう」

「俺、知らないからね、探しようないよね、名前も解んない店、二重遭難だよ」

「はぁ~、どうすりゃいいんだ」

「だから、帰ろう」

「…」

「もう10時回ってるんだ、店が閉まってる時間だ」

「…」

「5時間近く、うろうろしてんだ、不審車両だ、帰ろう」

「…」

「あのなぁ、東京行って、買い物して、帰ってこれるんだよ!!」

「…あぁ」


つう』は、ようやくハンドルを自宅に向けた、

 かのように思えたのだが、帰り道も解らず、

 深夜2時に農道の真ん中で、立ち往生するのである。

「あのパチンコ屋で打てば勝てたんだよ、お前が怒るから、損したわ、パチンコしてれば、勝って、思い出して、ユッケ食って、今頃、寝てるよ」

「…コンビニすらねぇ」

「あぁ、こんなところにあるわけねぇじゃん」

「お前が連れてきたんだろ、こんな所へ」


 農道を進むこと数十分、前から人が歩いてくる。

「おい、あの爺さんに道聞くぞ、止めろ」

 これを逃したら、朝まで帰れない気がした。

「すいません、夜分に、道に迷ってしまって、国道に出たいんですが、教えてもらえませんか」

 爺さんは、酔っていた。

「お前さんタクシー?ワシ、呼んだっけ?」

「あぁ~いや、道を聞きたいんだけどー」

「道?ああ国道?何号線?」

「いや、〇〇市に帰りたいんだけど」

「ワシも家に帰りたいんだけどー…アンタはタクシーですか?」

(ダメだ、迷子が迷子に声を掛けてしまった)

「おい!! 道、解ったのか?」

つう』が車から降りてきた。

「いや、ほんと、どこでもいいから、大きい道に出たいの」

つう』が爺さんに道を尋ねる。

「あぁ、あぁ、ワシの家ですか?着かないんですよ、今日は、なんか遠いな~」

「そうなんですか?」

 なんか、爺さんの話を聞き始めている、もちろん道は聞けてない。

(やっぱダメだ…)


 その後、爺さんと別れて、30分ほど彷徨った。

 コンビニの明かりを見つけた時は、ホントに助かった、という感じであった。


「コンビニのメシなんて食えねえよ」

 普段から豪語している彼だが、

 本当に美味しそうにカルビ弁当を食っていた。

「ちょっと量、足りなくね?」

(うるせぇよ)



 次回 バーベキュー海岸編

 夏は、海で肉を焼きたいのである。

 それが、どんなにマズイ肉であろうとも。

 海が美味しくしてくれるはずである。

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